鞠十月堂

詩と文学と日記のブログ

文学メモ 時代の雰囲気「終りし道の標べに」の頃

 今日のお天気は晴れ。

 朝方はちょっと寒い。わたしは風邪をひきやすいので気をつけよう(と語りつつ、すでに喉が痛いのだけれど…)。

 安部公房関連のこぼれ話を少々。

 ここ最近、安部公房が作家としてデビューした頃のことをあれこれと調べている。いずれ詳細をまとめたいと思っているのだけれど、簡単に書いてみると、おおよそ次のようになる。

 わたしは、作家安部公房の誕生には埴谷雄高の存在が大きかったという印象を持っている(三島由紀夫もそうだけれど、すぐれた才能を持つ人は、他のすぐれた才能を一瞬で見抜くものらしい…)。

 埴谷雄高といえば、未完の長編小説『死霊』が有名だろうか。『死霊』は同人誌『近代文学』創刊号(1946)に第一章(一)が発表されている。

 『近代文学』発足当初の同人は、埴谷雄高荒正人佐々木基一平野謙本多秋五の5名で、その創刊にあたり「雑誌の性格」が話し合われたという(『鞭と樂獨』から「『近代文学』創刊まで」より)。

雑誌の性格

  1. 芸術至上主義 精神の貴族主義
  2. 歴史展望主義
  3. 人間尊重主義
  4. 政治的党派からの自由確保
  5. イデオロギイ的着色を払拭した文学的真実の追究
  6. 文学に於ける功利主義の排撃
  7. 時事的現象に捉われず、百年先を目標とす
  8. 三十代の使命

 いまでは考えられないような文学へのあふれる情熱と純粋さ!

 「精神の貴族主義」かあ…… 小さな声でわたしもそのようでありたいと語っておこう…… 「政治的党派からの自由確保」や「イデオロギイ的着色を払拭した~」は、左翼運動などが盛んだった時代を反映してのことだろうか。それにしても「百年先を目標とす」は、すごいな……

 これがあの当時、1946年頃の時代の雰囲気なのだろうか? 大きな戦争をくぐり抜けてきたひとたちの見る夢がここにあると思った。安部公房はそんな夢のなかから生まれてきた作家のひとりなのかもしれない。

 

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