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鞠十月堂

詩と文学と日記のブログ

文学メモ ありがとう パウル・ツェラン

 今日のお天気は薄曇り。

 おだやかな明るさ。

 『密会』シリーズについてのメモ書き(その2)。

気分が乗らないこともある

 先日(6/17)、安部公房『密会』《15》をようやく投稿することが出来た(よかった…)。《14》を投稿したのが5/5だったので、記事を仕上げるまでひと月あまりかかったことになる。

 《15》に書こうと思っていた内容は《10》を投稿したときには、すでにきまっていた。《10》以降は、《15》への伏線もかねつつ記事を書いていった(この作業は、それなりに上手くいったと思う)。

 《14》を投稿した1週間後、そろそろ《15》を書こうとしたところ、いまひとつ気分が乗ってこない(見えない壁に行く手をはばまれた…)。むむむ…… そういえば最近村上春樹について語ってないなあということで、気分転換もかねて『海辺のカフカ』シリーズに手を入れてみることにした(それは思った以上に手間のかかる作業になった…)。

 そうこうしているうちに、安部公房『鞄』第2部 探求シリーズをはじめてしまった(なにもこのタイミングではじめなくても…)。《14》を書こうという気分から、ますます遠ざかってゆく。

パウル・ツェランのイマジネーション

 気がつけば《14》を投稿してから1ヶ月が経過(あらら…)、さてどうしたものか…… こんなときは本題とあまり関係のない細部から入ってゆこう。《15》の記事を書くときに、恋愛の心理の参考にしようと思っていたパウル・ツェランの詩を確認しておこう。『パウル・ツェラン全詩集I』青土社中村朝子訳から「言葉の格子」(部分)より。

ぼくがお前のようだったら お前がぼくのようだったら
ぼくたちは

ひとつの貿易風の下に立っていなかったか?
ぼくたちはいま見知らぬどうしだ

 (パウル・ツェラン、いいですねぇ~)

 それから数日後、ふと《15》の記事が書けそうな気がした。さっそく作業にとりかかろう。この記事の中心は「溶骨症の娘と作家の仕事部屋」なので、導入部「おつかれさま…」から、そちらにむかって書いてゆく。「溶骨症の娘は安部公房のお気に入り」から「『ぼく』と『きみ』の恋愛」へと書きすすめる(調子が出てきましたよ…)。

 「溶骨症の娘と作家の仕事部屋」のパートは、その内容から通常のわたしの語り方では書きづらい(内容をコンパクトにまとめにくい)。仮定+空想の内容をひと息に横断できるような工夫が必要になる。それをどうするかというのは、なかなかむつかしい課題だった。でも、そのときのわたしは、どう書けばよいのかを(その方法を)ちゃんと知っていた。

 パウル・ツェランの詩が、わたしにそれを教えてくれた。『パウル・ツェラン全詩集I』から「あらゆる想いと一緒に」(部分)を引用しよう。

ひとつの息が エーテルのなかへ上った
そして 曇ったもの それは
それは 姿ではなかったのか? そしてそれは
ぼくたちからきた
ほとんど名前のようなものではなかったのか?

 わたしは「溶骨症の娘と作家の仕事部屋」のパートで「~だろうか?」「~ではなかったか?」を多用した。そうすることで、溶骨症の娘を巡るさまざまな要素=イメージをひと息に語り、駆け抜けることが出来た。

 「あらゆる想いと一緒に」を思い出さなかったら《15》の記事はいまとはずいぶんと違ったものになっていたかもしれない(評論の言葉だけではイメージをあんなふうに展開できなかったと思う… 詩の言葉は約められたイメージを飛び石のように渡ってゆける)。

 ありがとう、パウル・ツェラン……

 

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