文学メモ 「雨は降りつづいていた 2」
7/7に投稿した詩「雨は降りつづいていた 2」についてのメモ書き。
詩をつくるときの過程を語ってみよう(興味のある方のみどうぞ…)。
1時限目 創作ノート
詩作のはじまり(その一部)は、こんなふう。
いくつの夢? いくつの声? [0-1]
眠りは丸い形をしていた 雨の音を聞いた [0-2]
誰の声? 語られなかった言葉たち [0-3]
すれ違った物語たちの永遠は〈地獄〉に似ている [0-4]
降りつづく雨は、ぬかるんだ地面や水かさを増した川の流れ(濁流)を連想させる。夜のおだやかな眠りが雨音によって変調されてしまう。遠いむかしの明確な言葉にならなかった何ものか=すれ違った(出会いそこねた)物語たち。あのとき言葉と結びつかなかった情景は、永遠に言葉を持つことがない。それを〈地獄〉と呼ぶことは出来ないだろうか?
そのような〈地獄〉のイメージと関係があるのか、ないのか…… ふと思い浮かんだ絶望=地獄(あるいは幻滅、現実)の素描。村上春樹『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』から引用しよう。
かつて、もっと若い頃、私は私自身以外の何ものかになれるかもしれないと考えていた。カサブランカにバーを開いてイングリット・バーグマンと知り合うことだってできるかもしれないと考えたことだってあった。(……)しかしそれでも私は舵の曲がったボートみたいに必ず同じ場所に戻ってきてしまうのだ。それは私自身だ。(……)
人はそれを絶望と呼ばねばならないのだろうか?
私にはわからなかった。絶望なのかもしれない。ツルゲーネフなら幻滅と呼ぶかもしれない。ドストエフスキーなら地獄と呼ぶかもしれない。サマセット・モームなら現実と呼ぶかもしれない。しかし誰がどんな名前で呼ぼうと、それは私自身なのだ。
ひとはそれぞれに思い描いた(囚われた)絶望=地獄(あるいは幻滅、現実)に落ちてゆく……
2時限目 詩をつくる I
[0-1]~[0-4]のイメージに、詩のかたちを与えてみる。
雨は降りつづいていた 眠りは渦巻きの形をしていた [1-1]
エレベーターは降下していた 〈地獄ゆき〉なんだって [1-2]
直立したまま夢を見た 時が咀嚼される残酷を聞いたよ [1-3]
見失った物語たちの永遠は〈地獄〉に似ている [1-4]
[0-1]~[0-2]には、雨音によって眠りが中断されたイメージがある(雨音-眠りの中断-半覚醒状態で見る夢)。これだと詩の組み立てが上手くゆかなかったので、[1-1]のように、雨が降りつづいているイメージを入口にした。
[0-2]「丸い形」は、水滴とからだを丸めて眠るイメージの重ね合わせになっている。[1-1]は「雨は降りつづいていた」からはじまるので、それを受けて「渦を巻いて流れる水」と「眠りのなかのからだを丸める動作」の重ね合わせに変更した(雨が降るという状況に呼応する動きのあるイメージが生まれた)。
動きのイメージが生まれたことで、[1-1]「渦巻き」(螺旋運動)から[1-2]「エレベーターは降下していた」の垂直方向の運動への展開が可能になった。「降下」が〈地獄ゆき〉を導く。
[1-3]は起承転結で語られるところの「転」のパート。「直立の姿勢」で見る夢が、エレベーターの「降下」の運動に抗うかのように立ち現れてくる。「下降」と「直立」(まっすぐに立ちつづけること)の緊張した関係が「残酷」のイメージを呼び覚ます。
[1-4]で「残酷」の内容が語られる。あのときすれ違った(出会いそこねた)物語=言葉とは、永遠に出会うことはないだろう。時が永遠(非時間的なもの)のなかで残酷に咀嚼されつづけている…… 〈地獄〉という情念の想像力だけが「見失った物語たちの永遠」を語ることが出来る。
3時限目 詩をつくる II
[1-1]~[1-4]の構成だと詩としての情景が細くて、それぞれのイメージへの展開も窮屈な気がする。もう少しボディ(存在の手触り)がある詩に仕上げたい(ここから先の作業に結構手間取った…)。
雨は降りつづいていた [2-1]
渦巻きの形をした 眠りのなかにいた [2-2]
真夜中のエレベーターは降下をつづけていた [2-3]
点灯していたのは〈地獄ゆき〉のランプだった [2-4]
直立したまま夢を見た 時が咀嚼される残酷を聞いたよ [2-5]
記憶のエコーはどこから洩れ聞こえてくるのだろう [2-6]
見失った物語たちの永遠は 濁流と地獄に似ている [2-7]
[2-3]に時間の要素「真夜中」を入れた。[1-2]「〈地獄ゆき〉なんだって」は「声」なので、情景の描写「点灯していたのは 〈地獄ゆき〉のランプだった」に変更した。[1-3]から[1-4]への展開を、記憶=心理の側面から語った[2-6]「記憶のエコーはどこから洩れ聞こえてくるのだろう」を[2-5][2-7]のあいだに差し挟んだ。[2-7]は、他のパートの動きのある言葉のイメージとバランスをとるために「濁流」を追加した。
まあ、こんなものかな……
4時限目 詩をつくる III
言葉の使い方やイメージの細部を検討してゆこう。
[2-6]「洩れ聞こえてくる」は[2-5]「聞いたよ」と同じ「聞く」という行為になっているところが気になる(う~ん…)。[2-6]「記憶」は、イメージをもっと詳細にした方がよくないか? ということで……
完成形はこんなふう。
雨は降りつづいていた [3-1]
渦巻きの形をした 眠りのなかにいた [3-2]
真夜中のエレベーターは降下をつづけていた [3-3]
点灯していたのは〈地獄ゆき〉のランプだった [3-4]
直立したまま夢を見た 時が咀嚼される残酷を聞いたよ [3-5]
辺境に消えた記憶のエコーはどこから洩れ届くのだろう [3-6]
見失った物語たちの永遠は濁流と地獄に似ている [3-7]
[2-6]を[3-6]「辺境に消えた記憶のエコーはどこから洩れてくるのだろう」に変更した。「消えた」は「沈んだ、埋もれた」の方が表現として自然なようにも思えたけれど、「消失」のイメージを優先させて「消えた」を選択した。
結果として1行の文字数が順に増えてゆくような構成になったのはよかったと思う(文字の並びの視覚的要素も大切にしたい…)。
5時限目 タイトルをつける
わたしの場合、詩のタイトルは1行目の言葉をそのまま使うことがおおい。この詩も、1行目の言葉をタイトルにするのがよいと思った。すでに「雨は降りつづいていた」#0130が存在するので「雨は降りつづいていた 2」とした。
いくつかの過程を経て、詩を仕上げることが出来た(よしよし…)。