ベルベット
夕暮れがわたしを置き忘れてしまったのだと思った
孤独に暮らすための部屋をわたしはいくつも持っていた
手にした鍵の束が冷たく澄んだ音色を響かせた
窓辺にひとり立っていた ドレスの裾を指先でつまんだ
あの日の裏切りをベルベットは律儀にも憶えていてくれた
明日という日付のために約束の言葉を交わした
警報機の音を聞いた 列車は止まり遮断機は下りていた
明滅していたのは赤い光だった やがてみんな帰っていった
わたしたちは押し黙ったままだった
イメージたちは漂流していた 靄のなかの小さな街だった
滲んだ光のなかにかいま見えたのは誰の悲しみだったのかな?
親密さのなかで世界は細い息のようだった
#0091
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