鞄のこと
わたしとしたことがどうしたことだろう
大切な鞄をホテルの部屋に忘れてきてしまった
あわてて いま来た道をひき返した
三〇三号室に泊まっていたMですけど
そちらに鞄を置き忘れたみたいなんですね
これくらいの大きさのですね はい……
小さなガラスのくまさんがついてる鞄です
おろおろと半泣きのわたしに
フロントのお姉さんは笑顔で対応してくれた
みなさんご親切ですね お手間とらせてすみません
ほどなくして 鞄はわたしの許に戻ってきた
そうです この鞄です! ありがとうございました!
ごめんね 鞄くん これからはずっといっしょだよ
えっ? どうしてぼくのことをそんなに心配するのかって?
あたりまえでしょ だって きみはわたしなんだよ
うん そうだよ……
知らなかった? 言ってなかったかな?
わたしのすべてが そのなかに入ってるんだよ つまり
きみが本当のわたしで わたしはその影なのさ
詳しいことは わたしにも分からないな
世の中は わたしたちが思っているより不思議なものなんだね
悲しくなんかないよ どうしてそんなこと聞くかな?
無駄話はこれくらいにして さあ 出かけようよ
川沿いにゆこうか それとも あっちの公園にいってみる?
きみの好きでいいんだよ
わたしはいま とっても気分がいいのね
まるで背中に翼がはえているみたいに自由を感じるよ
愉快なんだ そうでしょ
この素敵な気分のままに旅をつづけようよ
#0137
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