村上春樹 「風の歌を聴け」《12》
今日も雨降り。
小鳥たちの囀りが、遠くに聞こえる。
村上春樹『風の歌を聴け』《11》からのつづき(1回目はこちら)。
小説のリアリティ
『風の歌を聴け』〈15〉は「僕」と〈8〉で登場した彼女が、レコード店で再会する場面。
ずっと昔にとある女の子から借りていたレコードを買って返すために「僕」は小さなレコード店に立ち寄る。すると、そのカウンターには「うんざりした顔で伝票をチェックしながら缶コーラを飲んでいる」彼女の姿が……
いささかご都合主義的な「僕」と彼女の再会。
彼女は少し驚いて僕の顔を眺め、Tシャツを眺め、それから残りのコーラを飲み干した。
「何故ここで働いてるってわかったの?」
彼女はあきらめたようにそう言った。
「偶然さ。レコードを買いに来たんだ」
ふうん「偶然」なんだ……
ご都合主義が小説のリアリティに転化される瞬間が、わたしは好きだったりするけれど…… 小説はいつも、いくらかのご都合主義で出来ているのだから、あとは才能の問題だと言ってしまおう。小説は現実ではないのだから、そこには小説世界なりのリアリティがあればそれでいいよね。
3枚のレコードを買った後、「僕」は彼女を昼食に誘う。前回、彼女に「最低よ」と言われたのに、よく誘うよとは思うけれど、どうしてだろう……
これは小説のどこにも書いてないし、それらしいことも匂わせてはいないのだけど、「僕」はこの彼女に「過去の女性の面影」を見ていると感じるのは、わたしだけ?
「ねえ、もしよかったら一緒に食事をしないか?」
彼女は伝票から目を離さずに首を振った。
「ひとりで食事するのが好きなの」
「僕もそうさ」
わたしもひとりで食事をするのが好き。
窓から外を眺めてみた。雨は上がったみたい。
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