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鞠十月堂

詩と文学と日記のブログ

村上春樹 「風の歌を聴け」《17》

村上春樹

 今日のお天気は晴れ。

 明るい日差しが素敵。

 村上春樹『風の歌を聴け』《16》からのつづき(1回目はこちら)。

双子 双子 双子

 『風の歌を聴け』〈20〉から、ジェイズ・バーでの「僕」とレコード店で知り合った彼女との会話。

「兄弟は?」
「双子の妹がいるの。それだけ」
「何処に居る?」
「三万光年くらい遠くよ」

 いくらかシュールな会話ではありますが…… 彼女は双子のお姉さんだったのね……

 村上春樹の小説には双子の女の子がときどき登場する。いちばん有名なのは『1973年のピンボール』に出てくる「208」と「209」だろうか。

 双子を見わける方法はたったひとつしかなかった。彼女たちが着ているトレーナーシャツである。(……)胸には白抜きの数字がプリントされていた。ひとつは「208」、もうひとつは「209」である。

 なるほど、この「208」と「209」は、他のお話にも出てくる。

 短編小説「双子と沈んだ大陸」(『パン屋再襲撃』に収録)では、喪失の象徴として彼女たちが再び登場する(この喪失の感覚は、読んでいてとても切なくなるよ…)。

 「それは双子だった」と僕はつづけた。「双子の女の子だった。(……)彼女たちはその四十センチほどのすきまに不自由な格好でとじこめられていたんだけれど、それでも自分たちが壁の中に塗りこめられようとしていることにはまるで気づいていないみたいで、(……)作業員も自分がその双子を塗りこめつつあることには気づいていないみたいだった。(……)」

 ここだけ抜き出すと、なんだか怖いお話……

 佐々木マキさんのイラストがとっても素敵な『羊男のクリスマス』にも「208」と「209」が登場する。それから、これはあまり知られていないかもしれないけれど「スパゲティー工場の秘密」(『象工場のハッピーエンド』に収録)にも彼女たちは出てくる。

 「スパゲティー工場の秘密」は、こんな感じ……

 「塩が少し多すぎたのね」と双子の208の方が言う。
 「作りなおし」と209の方が言う。
 「おいらも手伝ってやるよ」と羊男が言う。

 こっちは楽しいね、なんかいいな。

 村上春樹が双子の女の子を好きなことについては《9》でも少し紹介したけれど、エッセイ「村上春樹のクールでワイルドな白昼夢」(『村上朝日堂 はいほー!』に収録)に詳しい。

 「僕の夢は双子のガールフレンドを持つことです」と村上春樹は語る。

 双子の良さというのは、一言で言ってしまえば「ノン・セクシャルであることが同時にセクシャルであるというクールな背反性」にあると僕は考えている。

 なにやら小難しいお話になってますが…… (ここで語られていることのどこまでが村上春樹の本心なのかはやや不明)

 つまり、男性というのは「この子と寝たらどうなるんだろう」という仮説を抱くものだけれど、双子の場合はその仮説が「日常的リアリティを越えてしまってる」というところがポイントらしい……

 僕が双子に求めているのは、そのような男と女一対一のリアルな仮説を排除した、いわば形而上的な領域なのである。
つまり僕が追求しているのは、制度としての双子である。コンセプトとしての双子である。そしてその双子的制度なりコンセプトの中で自分を検証してみることなのである。

 そうなんですか、双子の女の子がお好きなんですね…… (と、とりあえず言っておこう)

 僕は双子という状況が好きだ。双子とともにいるという仮説の中の自分が好きだ。(……)彼女たちは分裂し、同時に増殖する。それは僕にとっての永遠の白昼夢である。

 双子をめぐる謎は深まるばかり……

 

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