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鞠十月堂

詩と文学と日記のブログ

村上春樹 「風の歌を聴け」《4》

 今日のお天気は晴れたり曇ったり。

 気がつけば、いつのまにか10月。

 村上春樹『風の歌を聴け』《3》からのつづき(1回目はこちら)。

芸術の生まれるところ

 『風の歌を聴け』〈1〉から、芸術についての「僕」の考察(第4回なのに、まだ〈1〉というスローペース)。

 もしあなたが芸術や文学を求めているのならギリシャ人の書いたものを読めばいい。真の芸術が生み出されるためには奴隷制度が必要不可欠だからだ。

 つまり、生活するための労働を奴隷にやってもらい、そのあいだに「市民は地中海の太陽の下で詩作に耽り、数学に取り組む」というわけ。「芸術とはそういうものだ」と「僕」は語る。

 そうなの? わたしには、よく分からないいけれど…… これは近代文学についての自嘲?

 そうかもしれない…… (ほんとうに?)

 村上春樹は、ギリシャ・トルコ辺境紀行『雨天炎天』を書いているから、ギリシャにはなにか思い入れがあるのかもしれない、そんな気もする。

 『雨天炎天』は、彼の小説以外の本のなかでは『遠い太鼓』とならんで、わたしの好きな本。旅の感覚が、いきいきと伝わってくる。わたしもギリシャ、いつか旅してみたい。

 話がそれてきた……

 夜中の3時に寝静まった台所の冷蔵庫を漁るような人間には、それだけの文章しか書くことはできない。
 そして、それが僕だ。

 〈1〉は、この文章で終わり。

 ギリシャの芸術(地中海の太陽の下での芸術)に対比させて「僕」は、自らの文章(芸術)について、こんなふうに語る(真夜中の台所よりは、地中海の明るい日差しの方が素敵ではあるけれど…)。

 この「僕」は、夜中の3時に眠らないで、何をしていたのだろう? なにか楽しいことをしていて、目を覚ましていたとは思えない。

 こんな深夜まで、あなたは何を考えていたのですか? なにを思い悩んでいるのですか? 怖い夢を見て、目が覚めたのですか?

 ひとのほんとうのこころなんて分からないと言うけれど、それでも、わたしには分かる気がする。

 なぜって?

 それは、わたしがこの小説のことをとても気に入っていて、好きだから(理由になってない?)。ハードカバーの本を1冊、文庫本を2冊、持っている。

 どうしてだろうね? 1冊持っていれば、十分なのにね。

 ひとには、どうすることも出来ないこともあるんだよ…… (と、いまは言っておこう)。

美しい言葉たち 美しすぎる言葉たち
希望のように

 

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