鞠十月堂

詩と文学と日記のブログ

安部公房と大江健三郎 《1》

 今日は暗い曇り空のいち日だった。

 こちらは軽い頭痛、からだが少し熱っぽい。

大江健三郎が語る安部公房

 『安部公房全集』の各巻には「贋月報」というサブ・ノート(小冊子)がついている。どれも4ページくらいの短いものだけれど、安部公房と関係のある人々が色々と語っていて、これがけっこう面白い(これらのインタビューは安部ねり著『安部公房伝』で読むことが出来ます)。

 『安部公房全集〈21〉』の「贋月報」は大江健三郎。少し紹介してみよう(インタビューがおこなわれたのは1999年5月)。

 大江健三郎は『安部公房全集』を読んで、安部公房のことを「友人に対して非常に心のこまやかな人」「相手をよく考える人」と語っている。

 なるほど…… 安部公房の人物像について、この頃のわたしはそこに人間的なやさしさを感じている。それは人間について深く知ったうえでのやさしさという印象がある。人間について深く知ったうえで、やさしさの眼差しをもつということは、意外にむつかしいことのようにも思うけれど、どうだろう?

 大江健三郎は、メキシコでガブリエル・ガルシア=マルケスと話をしたときのことを語る。

 そのときマルケスが言っていたことは、自分たち外国の作家は日本の作家というと安部公房を知っていた、安部公房の作品を知っていた。そして他の作家については知らなかった。自分にとっては安部公房は重要な作家だと言いました。

 あのガルシア=マルケスが、安部公房のことを「重要な作家」だと言っていたことは、なんだかうれしい。それから、ル・クレジオとのエピソードを紹介する。彼を日本のペンクラブ大会に招待したときのこと、行けないという返事のあとに、手書きの長い手紙が送られてきた。

 それには、あなたの作品を愛しているということが1ページ書いてあって、最後のところを読んでみると、それは「壁」という作品で、安部さんの作品だということがわかった。ル・クレジオも安部さんを高く評価していたと思います。

 なんだか笑ってしまうエピソードではありますが…… 安部公房は海外の作家たちによく読まれているんだなあと、あらためて思った。

 大江健三郎はこんなふうに語る。

 僕の感じだと日本的な作家ということで、たとえば谷崎、川端、三島が知られていたとしてもですね、ほんとうに現代作家として外国の知識人に読まれた作家は、安部さんが最初だった。そしていちばん強い印象を与えたのが安部さんだったと思うんですね。

 それから「三島さんはよく知られているけれど、ああいうふうじゃなかった」とつけくわえる。

 そうなんだ……

 (三島由紀夫については、フランス語に翻訳された『金閣寺』を、画家のバルテュスが読んで「この作品はドストエフスキーの影響が大きくて人工的な感じを覚える」というようなことを語っていたのを思い出した。翻訳によって、あの文体が書きかえられてしまえば、そのようなものかもしれないと思う)

 (安部公房は発明品のように小説をつくったけれど、三島由紀夫は古典を上手に利用した作家といえるかもしれない…)

大江健三郎は、このインタビューを次のようにまとめて終える。

 (……)非常によく考えて、考えつめたことを書く、そして最初から文体がある。そして、一生、それを書き直すこともした作家として、もしかしたら日本で全集を全部読んでおもしろい二人の作家の一人だと思うんです。そしてもう一人の作家は誰かというと、夏目漱石だと思うんですね。

 こういうのを読むと、安部公房はもちろん、大江健三郎もなんかすごいなと思ってしまう(ここで夏目漱石が出てくるとは思わなかったよ…)。

 安部公房大江健三郎は疎遠になっていた時期もあるけれど、晩年は対談などもしていて、これがなかなか面白い(1966年におこなわれた安部公房三島由紀夫の対談はもっと面白い!)。

 安部公房って、なんかいいなあと思う。

 ある夏の朝、たぶん四時五分ごろ、氷雨本町二丁目四番地の上空を人間そっくりの物体が南西方向に滑走していった(『飛ぶ男』より)。

 安部公房大江健三郎《2》につづく(そのうちの予定です)。

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