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鞠十月堂

詩と文学と日記のブログ

安部公房 「箱男」《12》 軍医殿の正体

安部公房

 安部公房『箱男』《11》からのつづき(1回目と目次はこちら、登場人物とあらすじは《2》に書いてあります)。

 軍医殿が箱男かどうかを、ふたたび見てゆこう。

「死刑執行人には罪はない」の軍医殿

 「死刑執行人には罪はない」に登場する軍医殿は箱男だろうか。ここでの軍医殿「ぼく」は、遺体安置室のベッドの上にいる(その描写に箱の存在は感じられないけれど…)。

 軍医殿は贋医者「君」が部屋に入ってきそうになったら、すかさず寝たふりをするつもでいると語っている。

 君の手が、ドアの把手にかかる前に……そこから一歩でも踏み出す気配を見せたらすぐに……ぼくは寝たふりを決め込むつもりでいる。

 このときの軍医殿が、仮に箱をかぶっていたとすると、このような素早い「寝たふり」は箱を脱ぐ動作の必要から出来ないだろう。つまり、ここでの軍医殿は箱をかぶっていないということになる。また、部屋のどこかに箱が置いてあるというような描写も見あたらない。

 贋医者が遺体安置室に入ってくる(軍医殿は寝たふりをする…)。

 君は悪臭に馴れるために、いったん息をとめる。(……)箱を脱ぎながら、窓のない細い部屋を見まわして、(……)

 箱をかぶってこの部屋にやって来るのは贋医者の方であり、このことからも間接的にではあるけれど、軍医殿が箱男ではないということが言えるかもしれない。

 贋医者は、軍医殿を殺害する。

 (……)非常階段の下まで、ぼくをかつぎ下ろす作業だ。(……)それから箱を取りに引返す。(……)それからぼくの死体に箱をかぶせ、固定用の紐で腰にくくりつける。

 ここに出てくる箱は、贋医者がかぶっていた箱のことだと思われる。よって、軍医殿に箱がかぶせられたからといって、彼が箱男であるということにはならない。

 この章の軍医殿も箱男ではないらしい。

 それからもうひとつ、こちらの言葉にも注目しておきたい。

 君が箱(ぼくの棺桶)の準備を始めてから、もうかれこれ十日になるし、(……)

 わたしは《2》の「あらすじ」や《8》の「謎解き」で、箱男の箱を軍医殿の死体を遺棄するときの偽装工作として使うと推理した。この語りは、その推理に符合してくれると思う。

「続・供述書」の軍医殿

 章の順序が前後するけれど「続・供述書」でのC(贋医者)の語りも見ておこう。

 (この供述書は《2》の補足1に書いたように、贋医者の語りではあっても実際の供述書ではありません。「死刑執行人には罪はない」では「君が供述書の練習を始めたくなった気持ちも分かるような気がするな」との記述がある)

 ここでの贋医者は軍医殿の変死体が箱男の格好をしていたことについて、次のように語っている。

 なお、ダンボールをかぶっていた点について、お尋ねですが、心当たりはまったくありません。(……)これが軍医殿の変装ではなかったかとのお尋ねならば、私の眼を盗んでそのような変装をした可能性までは否定することができません。

 「死刑執行人には罪はない」を読んだ後に「続・供述書」読み返せば、軍医殿を殺害し、ダンボールの箱をかぶせて身元不明の溺死体に見せかけようとしたのはあなたでしょ! と思わず言いたくなりますが…… 供述書での贋医者は終始、自分は軍医殿の死については無関係であるという立場で語っている(つまり、贋医者は嘘をついている!)。

 よって、当然のこととして、ここで贋医者が語っていることは、軍医殿が箱男であることを意味するものではない、ということになる(贋医者は医師になりすました罪は告白しても、軍医殿の殺害について語るつもりはないらしい…)。

 他には「箱男が当病院に出入りするところを目撃したものがおり」との記述もある。こちらは箱をかぶった贋医者(贋箱男)が病院を出入りしていたところを目撃された、ということで説明がつくと思う。

軍医殿が箱男ではないということは

 ここまで長々と、いくぶん詳細に軍医殿が箱男かどうかを見てきた。わたしの読み方では、軍医殿は箱男ではないという結論になった(丁寧に見てきたましたが、いかがでした?)。

 「ここに再び そして最後の挿入文」から引用しよう。

 誰が本当の箱男であったかをたずねるよりも、むしろ誰が箱男でなかったかを突き止めるほうが、ずっと手っ取り早い真相への接近法だと思うのだ。

 なるほど……

 軍医殿が箱男ではなかったとすると、贋医者が箱男を狙撃し、その箱を手に入れようとした理由が説明できるようになる。贋医者は軍医殿の死体を箱男の溺死体として遺棄するためにその箱を必要としたのだった!

 この物語は、贋医者が箱男の「ぼく」を空気銃で狙撃することによってはじまる。そのはじまりの謎がこれで解けたことになる。よかった!!

 (これは、あくまでもわたしの推理と検証です。小説にはさまざまな読み方があり、このように読むのが正しい、というようなことは言えません。わたしがここで語ってきたことの「確かさ」は、これを読まれている皆さんの判断にゆだねたいと思います…)

 『箱男』のはじまりのところは、これで見えてきた(と思う)。でもね、贋医者が箱男の「ぼく」を狙撃して以降のあれやこれやを詳細に読んでいくと、うん? は? となるようなところがたくさんある。

 それらの「?」をあまり気にせず(いくらか無視して)読めば、《2》の「あらすじ」のように読めるのだけれど、この記事を読んで下さっているようなディープな箱男ファン(?)の皆さんには、あの内容ではいささか物足りないかもしれないかなあとも思う。

 これから先のことを語るのはなかなかむつかしい。でも、語らないわけにはいかないよね……

 次回は『箱男』の「裏コードとでも呼ぶべき読み方」について語ろう。

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