読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

鞠十月堂

詩と文学と日記のブログ

安部公房 「箱男」《19》 真の筆者

 安部公房『箱男』《18》からのつづき(1回目と目次はこちら、登場人物とあらすじは《2》に書いてあります)。

 ノートの真の筆者が「ぼく」になりすました箱男である可能性(裏コードとでも呼ぶべき読み方)について、なぜそのように推理したのかをまとめておこう。

わたしはこれらのことから この仮説を考えた

 簡単にまとめるとこんな感じかな(詳細は各記事を参照して下さい)。

 安部公房が『箱男』を創作する過程で、箱男を殺害した犯人が「ぼく」になりすましてノートを書くというアイデアを考えていたのは、ほぼ間違いないことのように思われる。でもそれは、半ば物語の背後に押し込められた(完成されたものとは言い難い)アイデアのようにも感じられる。

 「贋魚」の章がお気に入りだった安部公房は、解答可能な探偵小説ではなく、解答不可能な物語として『箱男』をデザインしたのだろう。

真の筆者 犯人はおまえだ!

 わたしはこれまで元カメラマンの「ぼく」を殺害した人物を、ただ犯人とだけ語ってきた。では、その犯人とは誰なのか?

 『箱男』の主要な登場人物は、元カメラマンの「ぼく」、贋医者、軍医殿、看護婦の4人。このうち「ぼく」と軍医殿は犯人によって殺害されている。看護婦は女性なので除外してもいいよね。すると残るひとりは……

 犯人はおまえだ! 贋医者!!

 となるように思う(この台詞をいちど言ってみたかった!)。

 贋医者が犯人(ノートの真の筆者)だとすると、「Cの場合」で贋医者の机の上に「ぼく」が書いていたのと同じ内容のノートがあることも説明できるようになる。

 参考:安部公房は「あの小説を書いている男は罪を犯した男ですから、ぼくがあの小説を書くために罪を犯したことになると思います」と語っていて、安部公房の誕生日3月7日と、「供述書」でのC=贋医者の誕生日が3月7日で一致している(興味深い…)(詳細は《13》を参照)。

箱男殺害についての考察

 では、元カメラマンの箱男「ぼく」は、どの時点で殺害されたのだろう。たしかなことはなにもいえないけれど、可能性のありそうなものをいくつか考えてみた。

 [1]の推理はどうだろう(探偵小説のセオリーからすると、犯行は物語の早い時点でおこなわれるのが望ましいけれど…)。

 「表紙裏に貼付した証拠写真~」から、「ぼく」の死との関連を疑わせるところを引用してみよう。

 箱をかくしておいた、橋の下に戻ると、からっぽの胃袋が大げさに身をくねらせはじめ、ぼくは長い間ゲロを吐きつづけた。どうやら知らぬ間に麻酔薬でも打たれていたようである。

 このあと「死刑執行人に罪はない」の軍医殿のように「そしてぼくは死んでしまう」とつづくのだろうか……

 (この推理の場合、「ぼく」がノートを書く時間がほとんどなくなってしまうので、ちょっと無理があるかもしれない…)

 [2]の襲撃による殺害で「箱の取引のため、橋の下にいるところを襲撃され殺害された」は、もっとも現実味のある推理だろうか。この時点で「ぼく」が殺害されたとすると、ノートは「表紙裏に貼付した証拠写真~」まで書きすすめられたことになる。

 ここでの「ぼく」は贋医者の襲撃に怯えつつも、それを迎え撃つ心構えでいる。でも、次の章「それから何度かぼくは居眠りをした」(贋魚のお話)のように、居眠りしているあいだに襲撃されたとしたらひとたまりもない……

 [3]の推理については、「書いているぼくと 書かれているぼくとの~」に、次のような記述がある。

 ぼくが医者なら、さっさと紅茶のいっぱいもふるまってやっていた。職業柄、毒の一滴くらいたらしておくのは訳もないことだろう。それとも……もしかすると……ぼくはすでにその一杯の紅茶を飲まされてしまったのだろうか。

 これらの記述は、贋医者による「ぼく」の死のほのめかしなのだろうか? 贋医者が「ぼく」を殺害し、このノートの真の筆者だとしたら、そういうことになる。

 箱男は、名前や住所、職業など、自らの存在を帰属させるすべてのものを放棄している。それは、存在そのものがわたしたちの暮らす世界(日常)からはみ出しているといえるかもしれない。だとしたら、このように世間(読者)を欺く動機も権利も十分にあるだろう……

仮説についてのいくらかの補足

 このノートがどのようにして書かれたものなのか、さらにあれこれと推理(空想?)してみよう(詳細な推理をはじめる収拾がつかなくなりそうなので、大切と思われるところを中心に語ってみよう)。

 贋医者は軍医殿の死体を遺棄するときの偽装工作として、箱男の箱を必要としていた。でも、箱男への興味から「ぼく」とそっくり同じ箱(コピー)をつくってしまったので、「ぼく」を殺害した後、オリジナルの箱は贋医者によって廃棄されたものと思われる。そのとき「ぼく」のノートを見つけ、持ち帰ったのだろう(そのことと関係があるのかないのか、「書いているぼくと~」には箱男Bの廃棄された箱が登場する…)。

 贋医者が「ぼく」のノートを持ち帰り、「ぼく」になりすましてノートを書いた理由だけれど、彼が箱男の箱に興味を持ったのと同じように、箱男の心理についての興味がそのきっかけだったのかもしれない(やがて贋医者は箱男となり、箱男の記録でもあるノートの記述にのめり込んでゆくことになる…)。

 贋医者が手に入れた「ぼく」のノートになにが書かれていたのか、本当のところはなにも分からない。筆跡の問題もあるので「ぼく」のノートに書き継ぐ形で筆記していったとは考えにくい。よって、「ぼく」のノートをもとに、贋医者が新たなノートに書き綴った可能性が高い(貼付されていたネガも貼りかえたのだろう…)。

 (「いずれ誰かが、別のノートにまとめて清書するとすれば、紙も字体も簡単に統一されてしまうはずだ。そう神経質に考えることもないだろう」との記述もある…)

 このノートには軍医殿も「ぼく」として登場する。軍医殿もまたノートを書いていたとの記述があるので、軍医殿のパートは、そのノートをもとにして書かれたのかもしれない。

 贋医者が「ぼく」になりすまして『箱男』を書いたのだとしたら、彼はその記述をとても楽しんでいたという気がする。都市に暮らす箱男そのままに、正体を行間に隠して世間を欺くことは、なかなか愉快なことではないだろうか(皆さんが贋医者の立場で箱男になったとしたら、この小説をどんなふうに書きますか?)。

 次回は『箱男』の構成A-B-A’でいうところのA’(「ぼく」のパート後半)について語ろう。

ご案内

 

広告を非表示にする
鞠十月堂