鞠十月堂

詩と文学と日記のブログ

安部公房 「箱男」《3》 ネガと新聞記事

 安部公房『箱男』《2》からのつづき(1回目と目次はこちら)。

 安部公房箱男』をネットで少し調べてみたところ、登場人物やあらすじについて書かれたものは、思いのほか少ないみたい。前回はそれらについて、わたしの推理もつけくわえながら、いくぶん詳細に語ってみた(いかがでした?)。

 小説は自由に読むのがいちばんだけれど『箱男』を一度読んでよく分からなかったという方も、あのようなあらすじ(推理小説の視点とでもいえばよいだろうか)を参考にしてもう一度読めば、よりリアルな物語が見えてくるという気がしている(どうだろう…)。

 それでは『箱男』の本を手にとろう。

添付されたネガに写っているもの

 まずはタイトルページ、その次に現れたのは…… そうです、なにやら意味ありげな白黒のネガフィルム(こういうのは気になる…)。

箱男 ネガ・フィルム

 撮影の詳細は「撮影日時……一週間ないしは十日ほど前の、ある夕刻。撮影場所……醤油工場の長い黒塀の、山よりの端」ということで、ここに「ぼく」を狙撃した犯人の姿が写っているという。

 ネガだとよく分からないので、画像をスキャナで取り込んで、フォトショップで階調を反転させてみた(このようなことが簡単に出来る時代が来るとは、安部公房も想像してなかったんじゃないかな…)。

箱男 ネガ・フィルム 反転

 あら素敵、おもいのほか鮮明な画像が現れた! 「ぼく」の記述に「白黒のネガ・フィルム。見にくいかもしれないが、絶対に動かぬ証拠になってくれるはずだ」とあるのもうなずける(こういうのって、なんかいいですねぇ~ このようなところも手を抜かず、きっちりと作品を仕上げる安部公房は素晴らしい!)。

リアル箱男

 さて、次のページはというと「上野の浮浪者一掃 けさ取り締まり 百八十人逮捕」とタイトルのつけられた新聞記事(もちろん本物の記事ではありません)。箱男も路上生活者の仲間(?)だから、この記事があるのかなとも思うけれど、それだけではない。

 安部公房は『箱男』を書くにあたり、このような路上生活者の取締まりを取材して、そこで本物の箱男を目の当たりにしたという…… (この話、本当だろうか…)

 講演会「小説を生む発想 『箱男』について」では、そのときのことがこんなふうに語られている(この講演がおこなわれたのは『箱男』を執筆中の1972年6月)。

 浮浪者の取締まりのところへ行ってみたら、一人すごい面白い乞食がいて、その乞食というのは、段ボールの箱の中に入っていました。(……)正面に四角いのぞき穴がついていて、そこにビニールのカーテンが下がっていて、カーテンの真ん中が割ってあるわけです。

これはたしかに箱男…… もう少し引用してみよう……

 不透明なビニールですから、そのままは外がのぞけない。ちょっと傾くと隙間ができて向こうが見える。僕がびっくりして前に立ち止まってみたら、向こうもちょっと傾いて、隙間からこちらを見た。(……)じろっと隙間から見られたら、とてもこちらは気持ち悪くなって、敗北感を感じて、とたんにやられたという感じがした。

 なんだかリアル…… 「小説家のいうことなんか信用しちゃだめだよ」と語ったのは安部公房そのひとだったけれど(小説家はもっともらしい嘘をつくるのが仕事ではありますが)、ここでの「敗北感」の体験は本当の話ではないだろうか(どうだろう…)。

 このリアル箱男は、取調べの警官の前でも箱をかぶったまま、悠々としていたそう。警官もどこかそわそわとして「狩り込みにひっかかってそこにこられたのがすごい迷惑」だったらしい。さすがリアル箱男、存在感もひと味違いますね……

 それを見た時、とにかく僕はものすごいショックを受けて、これだという言い方はおかしいけれども、これだという感じがした。それからいろいろなイマジネーションが膨らんできたわけです。

 追記:このエピソードは安部公房のつくり話ではないかという方もいらっしゃるみたいです。警察関連のところは、あやしいですが…… 安部公房箱男に似た存在(それはダンボールでつくられた仮の家のようなものだったかもしれない)と遭遇して「じろっと隙間から見られた」のところは本当じゃないかと推測しています。皆さんはどのように思われますか?

 『箱男』の周辺もなかなか面白い……

 次回はわたしのつくった箱男のフィギュアをご紹介。

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