鞠十月堂

詩と文学と日記のブログ

安部公房 「箱男」《8》 謎解き

 安部公房『箱男』《7》からのつづき(1回目と目次はこちら、登場人物とあらすじは《2》に書いてあります)。

 『箱男』の謎解きを語ってみよう。

解ける謎 解けない謎

 『箱男』には、解ける謎と解けない謎があるとわたしは考えている。解ける謎の方は、なぜ贋医者が箱男を空気銃で狙撃したかということ(その動機と犯行の計画)。これについては《2》のあらすじのなかで、わたしの推理として語ってみた。これからしばらくは、そのあたりのところを丁寧に見て(検証して)いきたいと思う。

 解けない謎の方は、このノートをいったい誰が書いたのかということ。これを解くのはかなり困難かなあと思う(仮説を立てることは出来ても、それを検証することは、ほぼ不可能という気がする…)。でも見方をかえて、この作品がどのようにして解けない謎を内包していったのかについては説明が可能かなあとも思う。

 わたしが《2》に書いた「裏コードとでも呼ぶべき読み方」は、このことにも関係してくるのだけれど、そちらは謎解きの後半でじっくり語っていきたい(安部公房の残した謎は難解だけれど、こちらにはなんといっても『安部公房全集』全30巻というつよい味方があるよ…)。

犯行の動機 贋医者はなぜ箱男を狙撃したのだろう

 犯行には、必ず動機がともなう。贋医者の狙撃が「ぼく」の「狙撃者の正体についての最初の推測」で語っているような、箱男に対しての「過剰攻撃」でないことは、その後の展開からいってもあきらかだろう。

 「ぼく」が病院での出来事を回想して「手に入れた箱で何をたくらんでいるのか、その場で聞き糺すくらいはしておくべきだった」と語っているように、贋医者と看護婦はその箱を、いったい何に使うつもりなのか……

 わたしの推理はというと、贋医者が軍医殿を殺害した後、箱男の箱を死体遺棄の偽装工作に使うというもの(推理の詳細は《2》を参照)。あれこれ考えてみたけれど、これ以外の「たくらみ」は、ちょっと思い浮かばなかった(皆さんはどうですか?)。

 贋医者が箱男の箱を死体遺棄の偽装工作に使うということは、軍医殿が箱男ではないことを意味する(軍医殿が箱男だとすると、わざわざ「ぼく」の箱を手に入れようとする理由がなくなる)。

 「死刑執行人に罪はない」の記述を読むと、贋医者が軍医殿の死体に箱男の箱をかぶせる手はずになっていたことが分かる。つまり、軍医殿が箱男でないとすると、贋医者のこの行為は死体遺棄の偽装工作としか考えらないので、わたしの推理が正しいことの証明となる(はず…)(この考え方でいいと思うけれど、どう?)。

軍医殿の正体 あなたは箱男ですか?

 軍医殿は箱男なのだろうか? (文庫本の解説では、彼もまた箱男であったかのように書かれていますが…)

 真相はいかに…… の前に、箱男について復習しておこう。ポイントは次の2つ。

 [1]は書いてあるとおり。[2]については、そうなの? と思われる方もいらっしゃるかもしれない。この箇所については「表紙裏に貼付した証拠写真についての二、三の補足」で「このT市の繁華街では、とても二人の箱男を受け入れる余地はない」との「ぼく」の記述がある(つまり「ぼく」が箱男であるかぎり、「縄張り争い」でもしなければ他のものは箱男になれないということらしい…)。

 この条件を厳密にあてはめると、軍医殿は路上生活をしていないわけだし(病院の遺体安置室に暮らしている)、T市の箱男が元カメラマンの「ぼく」ひとりということから、軍医殿は箱男ではないということになる。

 あらら、もう結論が…… というわけにもいかないと思うので、軍医殿が登場する章をひとつずつ見てゆき、軍医殿が箱男かどうかを見極めたいと思う。

 軍医殿が最初に登場するのは「別紙による三ページ半の挿入文」のところ。ここでの交わされる贋医者と看護婦との会話のなかに軍医殿が登場する(これが贋医者と看護婦の会話であることの説明はいいよね…)。

 この会話で贋医者は軍医殿を「あいつ」と呼んでいる。ここで語られている「あいつ」は箱男だろうか。すくなくともこの会話のなかに「箱」という言葉は、ひとつも出てこないけれど……

 ここでの看護婦は、軍医殿に注射(麻薬の投与)をしたときの様子を贋医者に語る。彼女は軍医殿をこんなふうに描写している。

 それから、せがみだしたの。わたしの汗の臭いを嗅いだら、エレクトしそうだから、(……)

 (……)泣き出しちゃったのよ。(……)それとも泣き真似だったかな。よく見ると、泣いているのは、口の形と、声だけみたいだったし……

 それにあの口臭……いくらせがまれたって、せいぜい息をつめられていられる間だけよ。

 箱男の箱は、窓に半透明のビニールがかかっている。つまり、なかの様子はほとんど分からない。なので「口の形」がこのように分かることはないだろう。またダンボールの箱をすっぽりかぶっているのだから「汗の臭い」や「口臭」は、さえぎられてしまって嗅げない(臭わない)はず。

 どうやらこの章の軍医殿は、箱男ではないらしい。

 では、他の章ではどうだろう…… 次回は「Cの場合」を見てみよう。

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