村上春樹 「風の歌を聴け」《10》
今日のお天気は晴れ。
明るい日差しが素敵。
村上春樹『風の歌を聴け』《9》からのつづき(1回目はこちら)。
60年代
『風の歌を聴け』〈10〉は、さり気ない感じ。「僕」はジェイズ・バーで「鼠」を待っているのだけれど、彼は現れず。
「グレープフルーツのような乳房をつけ派手なワンピースを着た30歳ばかりの女」と僕の会話。
「学生?」
「ええ」
「私もむかしは学生だったわ。60年ごろね。よい時代よ」
「どんなところが?」
彼女はなにも言わずクスクス笑ってギムレットを一口飲み、思い出したように突然腕時計を見た。
こういうところを読むと、村上春樹って上手いなって思う。なにがどう上手いかっていうのは、説明がむつかしいけれど……
60年代って、どんな時代だったのだろう? 60年代の街やそこに暮らす人々が撮影された写真やフィルムをたまに見ることがあるけど、奇妙な懐かしさをおぼえることがある……
わたしが探している何かが、そこにあるかもしれないって、ふと思ってしまう。そう思わせる何かが60年代にはあるって感じてしまう。どうしてかな?
こころが、妙にそわそわしてくる。
家に帰る道すがら「僕」はずっと口笛を吹いていた。でも、その曲名がなかなか思いだせない。「暗い海の夜を眺めながら」やっと思いだした曲名はというと……
「ミッキー・マウス・クラブの歌」
「みんなの楽しい合い言葉、
M(エム)I(アイ)C(シー)・K(ケー)E(イー)Y(ワイ)・M(エム)O(オー)U(ユー)S(エス)E(イー)」確かによい時代だったのかもしれない。
「よい時代」って言葉を聞くと、その言葉の前で、つい涙ぐんでしまう。
いまが「わるい時代」とは思わないけれど、その空想の懐かしさは、わたしにとって目の奥が痛くなるくらいにまぶしく感じられる。
60年代は不思議な時代。
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