鞠十月堂

詩と文学と日記のブログ

安部公房 「密会」《7》 続・創作の過程

 安部公房『密会』《6》からのつづき(1回目と目次はこちら、登場人物は《2》に、あらすじは《3》に書いてあります)。

 『密会』の創作の過程とその周辺を、さらに見てゆこう。

幻の『密会』 (1976年10月頃)

 安部公房の作品は長い時間をかけて仕上げられるものがおおい。その創作の過程では、ときに大きな変更を求められることもある。

 談話「裏からみたユートピア」によると、『密会』の第一稿が書き上げられたのは1976年10月頃で、500枚を越す書下ろし長編小説になる予定だったという。この幻の『密会』はゲラ刷りに手を入れるところまですすみ、「波」の編集部によって新年号(1977年1月号)にその予告がだされていた(でも、結局出版されることはなかった…)。

 『密会』執筆中の談話記事「書きおろし小説『密会』を執筆中」(1977)から、そのことに関係したところを抜き出しておこう。

 結局、小説を二つ書いたみたいなことになっちゃった。(……)もっとも書き改めたといっても、主題は生きている。小説としての構造が変わったというわけだが、こんなことは、ぼくとしても初めての経験だ。

 そうなんだ…… (『箱男』のときも、いくらか似たようなことがあったような… 『箱男』の創作の過程についてはこちらからどうぞ)

 作家にとっては完成された作品がすべてかもしれないけれど、いくらかディープな安部公房ファンの読者としては、出版されなかった幻の『密会』も気になります……

 (500枚を越す長編小説、幻の『密会』は、どのような構成と手法で書かれた小説だったのだろう?)

夢は意識下でつづる創作ノート 「笑う月」 (1975年11月)

 前回の記事で紹介した「密会」(短編)や「公然の秘密」からも分かるように、安部公房の創作では夢が作品の大切なモチーフのひとつになっている。知的な操作(思考)だけでは見ることの出来ないイメージを、夢は一瞬の鮮やかさで見せてくれる。

 エッセイ「笑う月」で、安部公房は「意識の網にかかってくれないからと言って、夢を簡単に雑魚あつかいしてはいけない」と語る(「笑う月」は新潮文庫『笑う月』に収録されています)。

 仕事にはずみが出て精神が活性化している時ほど、よく夢を見る。(……)夢が豊富になっている時は、それだけ発想も飛翔力を得ているようだ。いくらエンジンを全開にしていても、地図に出ているコースを走っている間は、まだ、駄目なのである。

 なるほど…… (ここでの安部公房は、思考の飛躍は意識の周辺でおこなわれるものであり、夢もまた同様のものであると分析している)

 夢のイメージは、目が覚めたときには鮮明でいきいきとしていても、時間の経過とともに薄れ(あるいは解釈により変質し)、やがて忘れてしまう。安部公房は、そのようにデリケートな夢を「その場で生け捕りにする」ため、枕元にテープ・レコーダーを常備しているという(この夢に対する執念は、ちょっとすごいな)。

 既存(日常)のコースを外れ「盲目にちかい周辺飛行」をすることで(夢の飛翔力を体験することで)、ようやく目的地(作品)にたどり着くことが出来ると安部公房は語る。

意味以前のイメージ 「言葉によって言葉に逆らう」 (1976年12月)

 言葉と小説(意味とイメージ)の関係について語られたエッセイ「言葉によって言葉に逆らう」で、安部公房は「すくなくともぼく自身は、意味以前のイメージに強くひかれるし、それなしに小説の魅力を考えることは不可能だ」と語っている(意味以前のイメージには、安部公房が執拗に捕らえようとした夢のイメージも含まれるだろう…)。

 意味以前のイメージには、わたしもこころひかれるものがある。でもそれを表現することは、なかなかむつかしい…… 意味以前のイメージを整理、要約して分かりやすい言葉で語ったとすれば、それは分かりやすい意味(言葉)としてのイメージでしかなく(たぶんそれはありきたりのものに思われるだろう)、意味以前のイメージが持っていた魅力はおおきく後退してしまう。

 安部公房は意味以前のイメージについて、それを「(あたかも)物のように作品の中に存在させる必要はない」という。

 イメージを調理するための、装置と材料を提示するだけでじゅうぶんなのである。あとは読者が指示どおりに装置を頭の中で組立て、提供された材料を加工して完成品に仕上げればいい。装置と材料そのものは、明晰な言葉で表現された、明晰な意味であっても、それが読者の頭の中で(……)意味以前のイメージを生み出してくれればそれでいいのだ。

 (安部公房の創作の秘密をかいま見てしまったような気が…)

 でも、この方法には危険もともなうと安部公房は指摘する。提供された材料を読者全員が適切に使いこなしてくれるとはかぎらない。

 作者によって提供された、装置と材料をもとに、読者がどんなイメージを創り出すかの問題も、けっきょくは「読む」という作業の一部に含まれてしまうはずである。それがたぶん、想像力と呼ばれる部分なのだ。

 安部公房の残した作品群は独創的な想像力にみちている。それらの作品を読むとき、読者であるわたしたちも、そのような想像力と無縁ではいられない。想像力の領域までも含めて「読む」という行為を考えると、そこにはずいぶんと奥の深いものがあるように思う。

 (小説が、意味以前のイメージを追求しようとするのは)解釈される以前の世界そのものをあらたに創り出してみたいからなのである。(……)小説が求めるのはあくまでも存在としての真実だろう。

 これらの言葉はとても美しい。

長編小説『密会』脱稿 (1977年9月)

 「通信 安部公房スタジオ会員通信3」からの引用。

 九月六日午前八時、小説「密会」を最終的に脱稿。四年半ぶりの長編小説である。

 安部公房先生、長編小説『密会』の執筆、おつかれさまでした!

 1977年12月5日、純文学書下ろし特別作品『密会』を出版。

 次回は副院長(馬)について語ろう。

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