鞠十月堂

詩と文学と日記のブログ

「夜の記憶」「夏と記憶」についての覚え書き

 今日のお天気は晴れ。

 日差しは夏の明るさ。

 ここ数日、体調をくずしていた。夏の疲れだろうか…… いまは、いくぶん回復した。

 最近書いたふたつの詩「夜の記憶」(こちら)と「夏と記憶」(こちら)についての覚え書き。

 どちらの詩も「時間」と「記憶」をモチーフにしている。あらためて読み返してみると、なんだか奇妙な詩だな…… と思った。これはそのまま「時間」と「記憶」の奇妙さと、わたしのなかでつながっている。

 どちらの詩も、つくるのに10時間以上かかっている。その過程で100行を越える詩の言葉を書いた。でも、仕上がった詩は10行に満たない。

 もっと情景の描写を積みかさねて表現した方が、分かりやすい詩になっただろうか…… でも、そのようなこまごまとした言葉は、わたしのこころに響いてこなかった。イメージの「断片の美しさ」を大切にしたかった(記憶って、そんなものでしょ)。

 詩をつくるとき、その判断は、わたしの感覚にゆだねられている(そうするほかに、わたしは詩をつくる術を知らない…)。わたしは書かれた詩を繰り返し読む。そして判断する。わたしが最初の読者であり、最後の読者なのだと思う。

 詩は、言葉を操作するもっとも自由な形式という気がしている。ひとつの言葉が、ひとつの行が、さまざまなイメージを包み込み、それぞれが有機的に結びついてゆく。わたしはそこに楽しみとよろこびを見つける。

 詩の形式は、いまのわたしにしっくりと馴染んでいる。詩をつくることは、わたしのこころの自由と結びついている。

 

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