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鞠十月堂

詩と文学と日記のブログ

安部公房 「デンドロカカリヤ」《2》 登場人物とあらすじ

安部公房

 安部公房『デンドロカカリヤ』《1》からのつづき。

 『デンドロカカリヤ』の登場人物とあらすじについて語ってみよう。

 (『デンドロカカリヤ』には、初出の雑誌『表現』版1949年と後におおきく改稿された書肆ユリイカ1952年のふたつのヴァージョンがあります。ここでは、新潮文庫に収録されている書肆ユリイカ版を中心にまとめてみました)

登場人物

 はじめに主要な登場人物たちをご紹介。

 コモン君――菊のような葉をつけた植物(樹)デンドロカカリヤに変形する青年。なぜ植物に変形するのか、その理由は分からない。デンドロカカリヤが母島列島以北に存在するのはめずらしいとのこと。そのためK植物園長に目をつけられる。

 K植物園長――植物園の園長(黒服の男)。コモン君(デンドロカカリヤ)を植物園の標本にしようとも目論んでいる(雑誌『表現』版によると「非情な植物学者」だそうです)。

 K嬢――コモン君の恋人なのだろうか? それとも…… 「考えているうちに、暗示にかかってしまった。Kという名の恋人が、たしかにいたような気がしてくるのだ」ということで、コモン君本人にもよく分からないらしい。

 (書肆ユリイカ版では、コモン君に宛てた手紙の文面などが省略されてぼかされた表現になっていますが、初出の雑誌『表現』版では、コモン君とK嬢の関係がある程度具体的に描かれています)

 ぼく――コモン君の友人。「コモン君がデンドロカカリヤになった話」の語り手(書肆ユリイカ版では、一般的な三人称の表現にあらためられているため「ぼく」の登場はありません)。

 君――「ぼく」が語る「コモン君がデンドロカカリヤになった話」の聞き手。「君」もコモン君と同じ「植物病」という設定になっている(雑誌『表現』版の冒頭部分に登場)。

あらすじ

 引き続き、あらすじ。

01 ある日、コモン君は路端の石を何気なく蹴とばしてみた。こころのなかに植物みたいなものが生えてくるのを感じたとき(悩ましい生理的な墜落感だった)、コモン君はデンドロカカリヤに変形してしまう(1回目の変形)。

 植物になったコモン君の顔は裏返しになっていた。裏返った顔を表にむけると、また人間に戻った(人間─植物の可逆変化)。

02 それから1年ほどは、なにも起こらなかった。ある日、コモン君は手紙を受け取った。ひとめでそれと分かる女文字。「あなたが必要です。それがあなたの運命です。明日の三時に、カンランで……」と書かれている。差出人は「Kより」となっていた。

03 コモン君は珈琲舗カンランを訪れた。2時10分、黒い詰襟に厚い眼鏡をかけた、ずんぐり男がやって来た。黒服の男はコモン君の前に腰掛けてしまう(うれしくない展開…)。こんな男がKであろうはずがない。

04 男の視線にじっと耐えながら、K嬢を待ちつづけた。でも、彼女は現れない…… 思わず窓の外の空を見上げると、天が眼のなかに流れこんできた。地球がどろどろ鳴っている。コモン君はデンドロカカリヤに変形してしまう(2回目の変形)。

05 裏返った顔を表にむけると、また人間に戻った。3時30分になっていた。恥じらいと絶望にうちのめされたコモン君は、逃げるように店を出た。

06 コモン君は歩きつづけ、空地の石切に腰を下ろした。顔は裏返ることを求めているようだった。顔が裏返らないように押さえていた手をゆるめると、また発作がはじまった。「ここで一本の植物になり果てよう」植物になることも一種の快感だった(3回目の変形)。

ただ、この世のはかなさをすごすためなら
何故? とりわけほの暗い緑の中で
葉の縁々に小さな波形を刻む
月桂の樹であってはならないのか?

07 植物になったコモン君を、カンランにやって来た黒服の男が物欲しそうにいじっていた。「内地でデンドロカカリヤが採取できるなんて、まったくめずらしいことだよ」男が植物を採取しようとナイフを地面に突き刺したとき、その肩が偶然コモン君の顔の部分に触れた。裏返っていた顔が表になって、コモン君は人間に戻った。

08 コモン君は図書館で「植物への変形」の意味をダンテの『神曲』に探した。地獄篇第十三歌、ピエエル・デラル・ヴィニアの物語…… 第七獄の第二の円は、自殺者が受ける罰だという。コモン君は、なぜ自分が自殺者の罪に問われなければならないのか分からなかった。地獄に堕ちた人間は、地獄で罪の意識を持たないという。つまり、ここには罰だけがあって罪はないということなのだろうか。

09 コモン君は図書館で不思議な体験をした。ふと時間が止まったような静寂のなかで、人々がいっせいに植物になった。コモン君は地獄だと思った。入口の受付で黒服の男に遭遇した。自殺者の樹々をさいなむ怪鳥アルピイエ(ハルピュイア)、挿絵でみたあの顔だった。

10 アパートに戻ったコモン君は、K嬢からの手紙を燃やした。「恋人だって? 馬鹿らしい。うまくだまされたよ」めらめらと燃える手紙の火にこころを奪われた。「これがプロメテウスの火だろうか。人間の圧制者であり、親殺しのゼウス一族を山上から追放するために送られた火だろうか?」

11 植物への変形はゼウス一族の仕業に違いなとコモン君は考えた。ギリシャ神話の本を買い求め、植物にされた人々の物語をたしかめた。

 ダフネ → 月桂樹、シリンクス → 葦、ユアキントゥス → ヒヤシンス、アドーニス → バラ、ヘリアデス → から松、クリチア → ヒマワリ、ナルシス → 黄スイセン

 「結局、植物への変形は、不幸を取除いてもらったばっかりに幸福をも奪われることであり、罪から解放されたかわりに、罰そのものの中に投げ込まれることなんだ」

12 ある日、コモン君にK植物園長から手紙が届けられた。6時に会いに来るという。コモン君は黒服の男を思い浮かべた。アルピイエからだ。腹が立った。

13 K植物園長(黒服の男)は、きっかり6時にやって来た。園長はコモン君に植物園の一区画を提供することを提案した(そこは政府の保証付きで、とても快適なところらしい)。コモン君はK植物園長からの提案を激しく拒絶する。

14 ある朝、薄暗いなかをコモン君はアルピイエ(K植物園長)を殺すために植物園にむかった。寝込みを襲うつもりが、植物園のひとたちは既に仕事に精を出していた。手にしたナイフも、園長にあっさり取り上げられてしまう。

 アルピイエ、俺の負けだ…… 「俺はアルピイエを殺し、囚れの魂を救うつもりだった!」(雑誌『表現』版)

15夜が明けはじめていた。コモン君は暖かな温室でデンドロカカリヤへの最後の変形を終える(4回目の変形)。「眼を閉じ、まだ昇っていない太陽の方へ静かに両手を差しのべた。たちまちコモン君は消え、その後に、菊のような葉をつけた、あまり見栄えのいない樹が立っていた」

16 K植物園長は大笑いした。助手もいっしょになって笑った。園長が達筆をふるったカード「Dendorocacalia crepidifolia」が、その幹に鋲で留められた。

 参考:雑誌『表現』版と書肆ユリイカ版は、ストーリーのうえでの大きな違いはありません(K嬢のイメージはやや異なります)。書肆ユリイカ版では、雑誌『表現』版にあった哲学的な考察や物語に組み込まれたエピソードの一部が削除され、それにあわせて文章の表現もすっきりとしたテンポのよいものに整えられた印象があります。

 次回は「概要 初期著作群」について語ろう。

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