鞠十月堂

詩と文学と日記のブログ

安部公房 「箱男」《1》 詩の情景

 今日は梅雨とは思えないよいお天気のいち日だった。

 気温がぐっと上がって、暑い……

 安部公房箱男』について語ってみよう。

目次

 このシリーズ(全22回)は『箱男』の魅力とその謎について語ります。

 謎解きについては『安部公房全集』からも引用しつつ詳細に推理を展開しているので、楽しんでいただける内容になっていると思います。

 番外編(ウィキペディア箱男」にこちらの記事が剽窃された記録です)

 追記 2014.1.18
 ウィキペディア箱男」を読むと、わたしが執筆したオリジナルな内容(推理や解説)とかさなるところ(剽窃)があるようです。変更履歴をみると2013年4月1日に変更されています(詳細は《番外編1》《番外編2》を参照)。

 追記 2014.12.7
 ウィキペディア箱男」が書き直され、剽窃が訂正されました。わたしがポイントと考える箇所の引用などはそのままです(詳細は《番外編3》を参照)。

箱男は全国各地にいるらしい

 箱男は、頭からダンボールの箱をすっぽりとかぶっている。箱の大きさは「縦、横、それぞれ一メートル、高さ、一メートル三十前後のもの」で、艶消しビニールが取り付けられた「覗き窓」がついている。

 箱男はこの箱ひとつで路上生活をしている。箱男である「ぼく」の説明によると「統計があるわけではないが、全国各地にはかなりの数の箱男が身をひそめているらしい痕跡がある」とのこと。

 『箱男』は、いろいろな読み方の出来る小説だと思う(この小説はそのようにつくられている)。

 『箱男』の構成とその記述(文章)はとても凝って、どのような仕掛けになっているのか解きあかしたくなる。でも、それぞれの断片をつなぎ合わそうとすると、そこに不思議な捩れが生じてくる。

 わたしのなかでは、この小説世界の構造がいちばん興味をそそられるところだけれど、それを語ることはなかなかむつかしい…… なので、今回はこの小説の「もの悲しい」ところを抜き出しつつ語ってみたい。

写真に添えられた詩はどこかもの悲しい

 『箱男』には8枚ほどのモノクロ写真がおさめられている(写真については《5》で詳しく語っています)。どれも安部公房自身の撮影によるもので、それぞれの写真の下には詩のような短い文章が添えられている。

 少し紹介してみよう。

 5番目の写真「カーブミラーに映った海軍将校用のクラブ」に添えられた文章。

 小さなものを見つめていると、生きていてもいいと思う。
 雨のしずく……濡れてちぢんだ革の手袋……
 大きすぎるものを眺めていると、死んでしまいたくなる。
 国会議事堂だとか、世界地図だとか……

 もうひとつ、8番目の写真「スクラップの山」に添えられた文章。

走り続けたが
追いつけなかった人々の
贋のゴール
旗は振られ
審判も観客も
とうに引き揚げてしまった
夜の競技場

 どうだろう…… なんだかもの悲しくなってきません?

 このような言葉が写真と共に差し挟まれていると思うと、いくらか不思議な気分になってくる。物語の登場人物たちは、誰もこの言葉のようではないのに、この言葉は『箱男』の物語世界にしっくりと馴染んで、わたしのこころに届く(どうしてだろうね?)。

 本文の方からも、少し引用してみよう。

 《そして開幕のベルも聞かずに劇は終わった》

 いまなら、はっきりと、確信をもって言うことが出来る。ぼくは間違っていなかった。失敗したかもしれないが、間違ってはいなかった。失敗は少しも後悔の理由にはならない。ぼくはべつに結末のために生きて来たわけではないからだ。

 こちらも聞いていて、やんわりと悲しい気分になってくる言葉だけれど、これがわたしたちの人生なのねと、つい言ってしまいたくなる……

 (『箱男』は古典的な作品のように美しくまとまってはいない。最後の方は現実の枠組みを失い、ある意味破綻している印象もあるし…… 「部屋だったはずの空間が、どこかの駅に隣り合った、売店裏の路地に変わっていたのである」だって…… でも、その歪んだ構造こそが、わたしたちの暮らす世界のリアリティなのだとわたしには感じられる)

 安部公房は、いつも弱者の側からこの世界を見ている。そのやさしさの眼差しは、世界に対しておおらかにひらかれてはいない。だからそこには、いくらかのもの悲しさがつきまとう。わたしにとっての愛すべき安部公房がここにいる。

 最後に、物語の核心にせまるひと言を引用してこの記事を終えよう。

 箱から出るかわりに、世界を箱の中に閉じこめてやる。いまこそ世界が目を閉じてしまうべきなのだ。きっと思い通りになってくれるだろう。

 痛々しくもあり、悲しくて、切実な願望でもあるこの言葉……

 安部公房は面白い……

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