鞠十月堂

詩と文学と日記のブログ

安部公房 「箱男」《5》 写真

 安部公房『箱男』《4》からのつづき(1回目と目次はこちら、登場人物とあらすじは《2》に書いてあります)。

 『箱男』におさめられた写真について語ってみよう。

8枚の写真についての詳しい説明

 『箱男』におさめられた8枚の写真について、安部公房はいろいろなところで語っている(安部公房の写真好きは有名だけれど、1973年のインタビューでは「写真を褒められるのは、小説を褒められるのよりもうれしい」と語っている)。入手しやすい本では『笑う月』(新潮文庫)のエッセイ「シャボン玉の皮」に、これらの写真についての記述がある。

 8枚の写真とその説明は以下のとおり(画像は一覧にするため、オリジナルの写真を正方形にトリミングしてあります)(写真に入れてある番号はページの順です)。

『箱男』におさめられた写真

期限切れの宝くじの番号に見入っている、若い暴力団員。1
喀血で呼吸困難におちいった重症患者のための病室の貼り紙。3
万博会場における、身体障害者の記念撮影。4
駅の公衆便所。6
ミラーに映っている旧海軍将校用のクラブ。5
タイヤのない自転車に全財産をつみ込んで歩いている乞食。7
文字どおりのスクラップの山。8
それからなぜか貨物列車。2
 ※ 1~8は写真の番号です。

 安部公房はこれらの写真を「それぞれなんらかの意味で、廃物、もしくは廃人のイメージ」であるという。なるほど…… (でもちょっと怖い…)

 また、インタビュー「安部公房との対話」では、これらの写真のことが「孤独な人々の写真です」「それぞれがひとつの詩のようなものなのです」と語られている。インタビューでは写真について、さらに詳しく語られているので少し紹介してみよう。

 [1]は「朝の六時に写したのですが、一日のうちでもとくに孤独な時間です」と説明されている。[3]は「末期の結核患者が診察されたり緊急に酸素マスクをつけられたりする専用の部屋」で、[4]は「万博が開かれたときに、ソ連のパヴィリオンの前で写したもの」だそう。[5]は「1930年代に流行った様式の、海軍将校用クラブハウス」で、[6]の公衆便所は「上野駅」とのこと。

 これらの説明、いっけん本当らしくもあるけれど、う~ん、どうなのだろう…… 安部公房お得意のもっともらしい創作がふくまれているような気もする。[3][4][5]あたりは、なんかあやしい…… (皆さんはどう思われますか?)

 [3]は、結核に対応した病床を持つ病院での撮影かな? でも壁に貼られているのが「耳・鼻の解説図」なので、これって一般の診療所とか耳鼻咽喉科じゃないの? [4]も万博会場にしてはどこか閑散とした雰囲気だけれど、そうなの? [5]は、違うと思うけれど……

 安部公房自身も「ぼくの写真は事実の記録ではないから」と語っているので、深くは追求しないことにしよう…… (安部公房は作家なので、事実云々よりも、そこにどのようなイメージを見るかということが大切なのだと思う…)

ぼくはゴミにひきつけられる 創作の衝動

 安部公房はエッセイ「シャボン玉の皮」で、どのような場面でカメラのシャッターを押したくなるのかについて「なぜかぼくはゴミにひきつけられる。あるいはゴミを捨ててある場所にひきつけられる」と語る。

箱男』におさめられた8枚の写真についても、同様のイメージで語られている。

 ぼくはこうした状況の意味の面白さにひかれてシャッターを切ったわけではない。ゴミ捨て場と同じく、それら廃物や廃人たちが、恐ろしい声で叫ぶのを聞いたせいなのだ。それ以上の説明は出来ない。(……)ぼくの内部でなにかが共鳴しはじめ、身の毛のよだつ思いで、しかも強くひきつけられてしまうのだ。

 むむむ…… 「恐ろしい声で叫ぶ」の表現は、ちょっとすごいな。たしかに、これらのイメージはじっと見つめていたくなるような、こころあたたまるものではありえない…… 安部公房はこのようなイメージから創作の衝動が生まれるという。

 ぼくはその叫びを恐れながら、同時に聞こえなくなることを恐れているような気もする。もしあの叫び声が聞こえなくなったら、(……)ゴミ捨て場のイメージが消滅すると同時に、あらゆる創造の衝動が消えてしまいそうな予感がある。

 「小説も舞台も、けっきょくはゴミ捨て場から聞こえてくる叫びを、かわって叫ぶ作業のように思われる」と安部公房は語る。

 安部公房は時代のなかの弱者にいつも注目していた。それはここで語られているゴミのイメージとも、かさなってくるように思う。ゴミは人々の暮らす世界の意味や秩序から、いくらかはみ出してしまった存在だという気がする。だからこそ、この世界を透視する新たな眼差しがそこに生まれるのかもしれない。

 次回は「贋魚」の章について語ろう。

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