鞠十月堂

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安部公房 「箱男」《2》 登場人物とあらすじ

 安部公房『箱男』《1》からのつづき。

 『箱男』の登場人物とあらすじについて語ってみよう。

登場人物

 はじめに『箱男』の主要な登場人物たちをご紹介。

 ぼく――箱男。T市の繁華街で路上生活をしている。元カメラマン。空気銃で狙撃されたことをきっかけに、事件(というか不可解な状況)に巻き込まれる(この小説では「ぼく」と書かれていても、この箱男のことではない場合がある… ややこしい…)。

 贋医者――箱男。「供述書」での名前はC。職業は医師見習い。軍医殿の氏名戸籍を借りて医師になりすまし、T市の病院で医療行為を行う。戦争中は衛生兵。軍医殿は彼の上官だった。軍医殿の殺害(承諾殺人、あるいは自殺の幇助)を計画、そして実行?

 看護婦――「供述書」での名前は戸山葉子。堕胎のために病院を訪れた患者。お金がないのでそのまま看護婦(看護婦見習い)として働く。元画学生。病院に来る前は画塾などでモデルの仕事をしていた。

 軍医殿――医師。「続・供述書」によると、終戦の前年に奇病で倒れ、その苦痛から麻薬を常用するようになる。病院での医療行為は、すべて贋医者に任せている。自殺願望があるとの記述あり。

 奈々――軍医殿の正妻。看護婦。「続・供述書」によると、軍医殿の同意のもと、贋医者の内縁の妻となる。しかし、戸山葉子が来ることにより別居(市内にピアノ塾を開業)。

 その他に、A~Dなどの人物が登場する。簡単にそのイメージを紹介しておこう。

 A――ある日、アパートの窓のすぐ下に住みついた箱男を空気銃で狙撃する。そのことをきっかけにA自身も箱男となる。「Aは箱をかぶったまま、そっと通りにしのび出た。そしてそのままもどってこなかった」

 B――公衆便所と板塀との隙間に破棄された箱男ダンボール。「箱の死がそのままBの肉体的な死だったとは限らない。Bはただトンネルをくぐり抜け、箱を捨てただけだったのかもしれない」

 C―― 贋医者、贋箱男

 D――少年。アングルスコープをつくり、女教師宅のトイレを覗こうとする(もちろん途中で見つかって、失敗するけれど…)。

 父――ショパンの父。息子の結婚式のために、馬のかわりにダンボールの箱を頭からかぶって馬車をひく。結婚はあえなく破談。「じつはあれ以来、一度も箱から出た父を見たことがないので、はたして本物の父かどうかも疑わしい」

あらすじ

 ひきつづき、あらすじ。

 『箱男』のあらすじといってもむつかしいな…… (詳細は今後にゆずるとして、わたしのイメージでまとめてみよう)

 このお話の最初に登場する「ぼく」は、事件に巻き込まれる方なので、事件を起こす側、贋医者(贋箱男)の側からストーリーを見ていった方が分かりやすいように思う。変則的ではあるけれど、そちらから、わたしの推理を交えつつ語ってみよう。

01 この小説の主要な舞台のひとつである病院にいるのは、贋医者、看護婦(戸山葉子)、軍医殿(麻薬中毒)の三人。贋医者は軍医殿の殺害(承諾殺人、あるいは自殺の幇助)を考えている。動機は、やはり看護婦と二人きりになりたいということだろうか。看護婦にみだらな行為をせがむ軍医殿を目障りに思ったのかもしれない(わたしの推理)。

02 贋医者は軍医殿になりすましているので、彼を殺害しても大きな問題は生じないと思われる(名目上は誰も死んだことにならない)。ただ、死体の処理の問題がある。死体をそのまま病院に置いておくわけにもいかないし…… (腐敗してしまうよ)

03 そこで箱男の箱を利用することを思いつく。箱男は正体がわからない。箱男から箱を譲り受け、箱男の溺死体として、軍医殿の死体を処理してしまうのはよいアイデアのように思われる(わたしの推理)。

04 箱男を病院におびき寄せるために、贋医者が箱男を空気銃で狙撃する。元カメラマンの「ぼく」は肩を負傷しながらも、空気銃男をカメラで撮影。自転車に乗った若い娘(じつは看護婦)が箱男に三千円を与え「坂の上に病院があるわ」と告げる。

05 空気銃で肩を撃たれた「ぼく」は箱を脱ぎ、正体を隠して(でも、ばれているとは思うけれど…)、傷の手当てを受けるために坂の上の病院を訪れる。そこで「ぼく」は、医者(贋医者)が空気銃男で、看護婦が自転車娘であることを知る。

06 ここでの「ぼく」は、あきらかに怪しげな状況に巻き込まれつつあるのだけれど、そんなことはおかまいなしに、看護婦の「微笑みに酔いながら」五万円で箱男から箱を買い受けることを約束する(この「ぼく」もまた女性にだらしのない性格だった…)。

07 これまでのところ、贋医者の計画はそれなりに順調のように思われる。でもね、Aのことを思い出してほしい。死体の偽装工作に使う小道具にすぎなかった箱に、贋医者もまた魅入られてしまったみたい……

08 このあたりから状況がややこしくなるよ…… 看護婦は橋の下で待つ「ぼく」に五万円と箱の廃棄を依頼する手紙を投げ落とす。その意図が分からない「ぼく」は、箱を破棄することなく病院にむかう。

09 深夜の病院を「ぼく」が訪れると、明かりのついた窓のむこうに全裸の看護婦と「ぼく」そっくりの箱男(贋箱男)を見つける(箱男になるのなら、箱は自分でつくるのがいいよね… 使い古した「ぼく」の箱をかぶる気にはなれない…)。ここにまたひとり、箱男が誕生する……

10 贋医者が箱男(贋箱男)になったことで(彼は箱男をやめるつもりはないらしい…)、軍医殿を殺害したあとの死体の偽装工作に箱を使うことが出来なくなってしまう(箱男の溺死体が発見されたときに、同じ箱男が街をうろうろしていては不自然だし…)。

11 それにしても、軍医殿の殺害は実際に行われたのだろうか。行われたようではあるけれど…… (皆さんは「死刑執行人には罪がない」の記述をどう思われますか?)また、軍医殿の殺害が行われたとしても、死体はそのまま病院の遺体安置室に放置されているものと思われる(わたしの推理)。

12 箱男となった贋医者は病院を出て行く。彼がどうして病院を出てゆくのか、その理由は語られていない(看護婦との関係が不仲になった? 軍医殿を殺害したため逃亡を図った? あるいは本物の箱男として都市に暮らすことを決意した?)。

13 それと入れ違いに箱男の「ぼく」が病院にやって来る。「ぼく」は洗濯した服を乾かしているあいだになくしてしまい全裸だった。ゴミが散らかり放題の病院(廃院)で、全裸の「ぼく」と全裸の看護婦との生活がはじまる。

 (ここで二人は遺体安置室を黙殺する。これはつまり、軍医殿の死体がそこにあることを暗示しているのだろうか… わたしの推理)

14 2ヶ月近くつづいた病院での生活は、彼女がどこかへ消えてしまうことにより、突然の終わりを告げる。箱を脱いだ「ぼく」が裸のまま彼女の部屋を訪れると、そこは駅に隣り合った売店裏の路地だった…… (安部公房らしいシュールな結末…)

 補足 1:「供述書」「続・供述書」は「Cの場合」のところに書かれているように「明後日のことを、すでに過去の事件として記録し始める気らしい」「計画どおりにことが運んでくれれば、そんなものは無用の長物だし、もし、失敗すれば、そんなきれい事では済みっこないのだ」ということで実際の供述書ではありません(軍医殿の殺害を計画している贋医者が、警察に事情聴取された場合のことを想定して書いた?)

 補足 2:「死刑執行人には罪がない」の「ぼく」は軍医殿だけれど、そこには「ぼくは死んでしまう」「死んだぼくの上に、君が這い上がってくる」などの記述がある。この一人称としてはあり得ない語りを、どのように考えればよいだろう(幽霊となった軍医殿が書いたのだろうか? まさかね…)。

 補足 3:文庫本の解説には、軍医殿もまた箱男であったかのように書かれていますが、わたしが読んだかぎり「ぼく」としての登場はあっても、軍医殿が箱男であることの明確な記述は確認できませんでした(軍医殿が箱男かどうかの検証は《8》からはじまります)。

 この小説をそのまま読めば、そのあらすじは、おおよそこんな感じになるだろうか。でもね、この『箱男』には思わせぶりな記述や変則的な記述がたくさんあって、素直に読みづらくさせている。それらを丁寧に読み解いてゆけば、なにか真実が見えてくるのだろうか…… それとも、その思わせぶりな記述こそがミスリードを誘うトラップ(罠)なのだろうか……

 追記 1:『箱男』には、ここに書いたあらすじとは別の読み方「裏コードとでも呼ぶべき読み方」があるらしい…… 「続・謎解き」は《13》からはじまります。

 追記 2:『箱男』の謎解きについて、その概要を《22》(最終回)にまとめました。手っとり早く結論だけを知りたいという方は、そちらからお読みいただけたらと思います。お時間のある方は、各記事を順番に読んでいただけると謎解きを楽しめる構成になっています。

 次回はネガと新聞記事、リアル箱男について語ろう。

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