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鞠十月堂

詩と文学と日記のブログ

安部公房 「デンドロカカリヤ」《序3》 方向感覚

安部公房

 安部公房『デンドロカカリヤ』《序2》からのつづき(本編はこちら)。

 準備原稿その3、作家の方向感覚について。

内容と様式

 村上春樹のエッセイ集『村上朝日堂』から、文章を書くことの方向感覚について語られたところを引用しよう。

 ここでの村上春樹は「将来ものを書いて生活したいと考えている若い人」(たぶん作家志望の方)からの「文章の勉強というのはどうすればいいんでしょうか?」という質問に答えるかたちで「文章の書き方」について語っている。

 文章[小説]というのは「さあ書こう」と思ってなかなか書けるものではない。まず「何を書くか」という内容が必要だし「どんな風に書くか」というスタイルが必要である。

 ※ [ ]は、わたしの言い換えです。

 「何を」を「どんな風に」書く(表現する)かというのは、芸術一般(音楽、美術、詩、散文など)に於ける「内容と様式」のことですね(小説の場合だと、題材や主題が内容、文体や手法が様式ということになります)(内容と様式は互いに不可分の関係です)。

つづきを引用しよう。

 でも若いうちから、自分にふさわしい内容やスタイルが発見できるかというと、これは天才でもないかぎりむずかしい。だからどこかから既成の内容やスタイルを借りてきて、適当にしのいでいくことになる。

 既成のものというのは他人にも受け入れられやすいから、器用な人だとまわりから「お、うまいね」なんてけっこう言われたりする。本人もその気になる。もっとほめられようと思う――という風にして駄目になった人を僕ら何人も見てきた。たしかに文章[小説]というのは量を書けば上手くなる。でも自分の中にきちんとした方向感覚がない限り、上手さの大半は「器用さ」で終ってしまう。

 ※ [ ]は、わたしの言い換えです。

 なるほど…… 平易な言葉で語られたエッセイではあるけれど、その内容はけっして軽くはない(と思う)(「内容と様式」の問題は、作家が生涯にわたって考えてゆかなければならない問題でもある)。

既成のもの 自分のもの

 「既成のもの」(流行を含む)を使った創作は、既にあるものを利用するわけだから手早く作業をすすめることが出来る。創作としては短時間で結果の出せる効率のよい方法といえる(それなりの才能と器用さがあれば世間的な評価を得ることも容易い)。

 でも、村上春樹が語るように、そこには罠がある。「既成のもの」は別の言い方をすれば「他の誰かのもの」ということになる。他の誰か(オリジナルの創出者)は、もちろん自分ではないので、それをさらに発展させてゆくことは一般にはむつかしい(天才は別です…)。「既成のも」だけに頼って創作をつづけていては、結局「既成のもの」の範疇をぐるぐると回るだけで終わってしまう(つまり創作にゆきづまってしまう)。

 創作では「既成のもの」は「自分のもの」(オリジナルな魅力)へと到達するための過程と考えるのがよいのではないか。どのようにして「既成のもの」から「自分のもの」を目指してすすんでゆくのかが、村上春樹が語る「方向感覚」なのだと思う。

安部公房の方向感覚 1947-1951

 安部公房は文学的才能に恵まれた作家ではあるけれど、創作の初期には「既成のもの」の影響が色濃く反映されている。《序1》でご紹介した戦後まもない時期に書かれた作品群から、主要作品と「既成のもの」について簡単にまとめてみよう(引用は参考ということで… 引用元は表記が煩雑になるので省略しますね)。

1947 無名詩集――リルケ(詩)
 リルケふうの詩集「(真知と)同居をはじめて2ヵ月後の1947年5月に、公房は、それまで書きためてきた詩に『リンゴの実─真知の為に─』をつけ加えたものをガリ版で刷り(……)50円で売り出した」わたしのなかでは、この詩集は真知夫人との同居(結婚?)を記念して刷られた思い出づくりのひと品ということになってます(ちなみに『無名詩集』は「さっぱり売れなかった」そうです、世の中ってそんなもの…)。

1947 終りし道の標べに――実存主義・存在論(哲学)
 「小説を書いているつもりはまったくなかったんだよ」「実存主義を観念から体験レベルに投影したらどうなるかという一つの実験なんだ」「哲学で詩を論ずことはできても、詩で実存主義は表現できないだろうね」作家としてのデビュー作品。

1948 名もなき夜のために――リルケ『マルテの手記』の変奏(散文)
「僕はマルテの手記について書いてみたい。むろんマルテの手記を書くことではないのだが、しかしマルテのように書くこととはそれほど違わないのかもしれない」(本文より)この作品は未完のまま放置された。

1949 デンドロカカリヤ――シュルレアリスム(変形譚)
「短編の場合は、むしろ非現実的な変形物が多いんだ。ファンタジーというより、自分じゃ仮説的リアリズムのつもりだけどね」「新しい言葉を作りたいというのはあるんだよ。言葉ってのは世界だからね」表現の雰囲気が、それまでの作品から大きく変わった(これは一般の読者をより意識したものだろうか?)。

1950 壁―S・カルマ氏の犯罪――シュルレアリスム(ナンセンス)
「小説に対する僕の姿勢を大きく変えてくれた作品である」「(この作品は)ルイス・キャロルの影響を受けていたときに書かれました」「(ぼくは)観念作家などと言われいるが、自分では自然主義風の作品を書く人々などより、はるかにつっこんでリアリズムを追求しているつもりなのである」(すばらしい…)

 このように書き出してみると、リルケ(詩と散文)、実存主義(哲学)、シュルレアリスムなどの「既成のもの」が短期間のうちに(ダイナミックに)変化していることが分かる。それは、手持ちのカードをつぎつぎに使って、それらがもつ可能性を探っている(試している)かのようでもある。

 これらの作品が書かれた頃の『安部公房全集』を読むと、そのなかに「方法論の確立」という言葉を見つけることが出来る。安部公房の内容と様式をめぐる変遷は、作家としての「方法論の確立」のための実験であり過程なのだと思う(村上春樹の語る「方向感覚」としては、安部公房はこの時期、作家としての方法論の確立へむかっていたということになります)。

それぞれの眼差し

 リルケ実存主義シュルレアリスム、創作の柱として組み入れられたそれらの様式(手法)は、いっけん互いに関係を持たないように見える。でも、そうともかぎらない。

 安部公房はエッセイ「リルケ」で「死人の眼でものを見る術から、シュールリアリズムまでは、比較的近い道のりだった」と語っている。リルケから引き継がれた(学んだ)眼差しがシュルレアリスムへと橋を架け、安部公房を導いたのではないだろうか(実存主義も『デンドロカカリヤ』と無関係ではないはず…)。

 村上龍は「書かれたものだけが、次に姿をかえて登場することができる」と語った。わたしは『名もなき夜のために』が『デンドロカカリヤ』を準備したという印象を持っている。

 『デンドロカカリヤ』をめぐるいくつもの通路は、入り組んだ迷路のようでもある。適切なルートを見つけなくてはいけない。

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