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鞠十月堂

詩と文学と日記のブログ

安部公房 「鞄」《13》 鞄の変遷

安部公房

 安部公房『鞄』《12》からのつづき(1回目と目次はこちら)。

 鞄の変遷について語ってみよう。

不思議な鞄は安部公房のお気に入り

 『鞄』は『波』(新潮社の読書情報誌)に「周辺飛行」シリーズ(詳細は《7》を参照)に発表されて以降、改稿されて単行本『笑う月』に収録され、その後、戯曲『イメージの展覧会 音+言葉+肉体=イメージの詩』『仔象は死んだ イメージの展覧会III』に組み込まれている。

 これらを時系列でならべてみると、

 1972 「周辺飛行10」(『波』に連載、初出は無題)
 1975 『鞄』(単行本『笑う月』に収録)
 1977 『イメージの展覧会 音+言葉+肉体=イメージの詩』(戯曲)
 1979 『仔象は死んだ イメージの展覧会III』(戯曲)

 というふうになる。

 初出「周辺飛行10(鞄)」から戯曲『仔象は死んだ イメージの展覧会III』まで約7年、安部公房の創作のねばりづよさがうかがえると思う(この間、安部公房はふたつの長編小説、『箱男』1973年、『密会』1977年、を発表している)。

 戯曲『イメージの展覧会』『仔象は死んだ イメージの展覧会III』には、『周辺飛行』シリーズから『鞄』の他にも2作品が組み込まれている。

 周辺飛行 2「ところで君は」――改稿されて『箱男』に挿話「それから何度かぼくは居眠りをした」としておさめられた(贋魚のお話、『箱男』《6》でいくらか語っています)。

 周辺飛行 39「公然の秘密」――改稿されて『笑う月』に収録(飢えた仔象のお話、『密会』《6》でいくらか語っています)。

 『鞄』を含めたこれら3作品は、安部公房のお気に入りだったのだろう。3作品のキーワードを書き出してみると次のようになる(わたしのイメージです)。

 鞄――失踪 自由 不自由
 ところで君は――贋物 夢 死
 公然の秘密――弱者 愛 殺意

 安部公房ワールドの濃密な匂いが…… (素敵、素敵)

 安部公房は「周辺飛行」シリーズをまとめた作品集『笑う月』を「いわばぼくの発想の種子を集約したようなもの」と語っていたけれど、このように書き出してみるとそのことの意味がよく分かる。

 不思議で奇妙な出来事の背後に発想の種子=イメージの核(コア)が隠されている。安部公房はねばりづよい創作の姿勢でその種子を発芽させ、長い時間をかけておおきな作品へと育ててゆく。

初出「周辺飛行10(鞄)」はこんなふう

 初出「周辺飛行10(鞄)」と『笑う月』におさめられた『鞄』とでは、いくらかの違いがある(全体にこまかく手が入れられている)。ストーリーのうえでは「私」が不思議な鞄を手にするところが変更されているのでご紹介しよう。

 それから、その日のうちに、私はK[事務所を訪れた青年]の鞄を盗み出したのである。どうやって盗み出したかは、さして重要なことではないので、詳しい説明は省くことにする。

 ※ [ ]は、わたしの補足です。

 あらら、いくら気になる鞄だからといって、盗んじゃだめだと思うよ。

 安部公房もこの展開はスマートではないと感じたのか、『笑う月』におさめられた『鞄』では、下宿の下見に出かけた青年がぽつんと残していった鞄を「私」が「なんということもなしに」持ち上げてみるという展開にあらためられた(詳細は《4》を参照)。

 ストーリーのうえでのいちばんの違いはここなのだけれど、「私」が鞄を手にして以降、結末のところに興味深い記述を見つけることが出来る。

 (……)やむを得ず、とにかく歩ける方向に歩いてみるしかなかった。いくら道順を思い浮かべてみても、ふだんはまるで意識しなかった、坂や階段にさえぎられ、ずたずたに寸断されて使いものにならないのだ。そのうち、自分が何処を歩いているのかも、よく分からなくなってしまっていた。
 しかし、べつに不安は感じなかった。とにかくこれで、道に迷う心配はせずにすむ。鞄が私を導いてくれている。私は、ためらうことなく、何処までもただ歩きつづけていればよかったのだ。

 《3》で引用した『鞄』(『笑う月』に収録)と読みくらべてみると……

 内容は、ほぼ同じですが…… うん? ラストのひと言「私は嫌になるほど自由だった」は、どこにいった? これで終わり? そう、これで終わりです(この作品でもっとも話題になる「自由」が結末に書かれていないという事実…)。

 これは、なにを意味しているのだろう。

テーマと作家の閃き

 こちらの『鞄』シリーズには、Googleなどから「安部公房 鞄 自由」というふうな検索ワードの組み合わせで来られる方もおおい。またコメント欄で、「私は嫌になるほど自由だった」から「この物語は、読者である私たちにどのような問題を投げかけているのでしょうか」というような質問をいただいたりもした(詳細は《2》のコメント欄を参照)。

 『鞄』の結末で語られた自由には、ひとのこころをつよくひきつける魅力(魔力?)があるらしい…… では、『鞄』はそのような(魅力的な)「自由」をテーマ(主題)に設定して描かれた作品なのだろうか?

 もしそうなら、初出「周辺飛行10(鞄)」の結末で自由が語られていないのはなぜだろう(どうして?)。それは『鞄』が「自由」をテーマに(意図して)描かれた作品ではないから(そういうことになるでしょ)。

 「周辺飛行10(鞄)」は、作品のテーマを決定した後、それに沿った場面設定や登場人物、小道具を準備してつくられた作品というより、はじめに「不思議な鞄」の閃き(アイデア)があり、そこから(作者自身もそのアイデア=イメージの面白さを確かめるかのように)お話を組み立てて(展開して)いった作品だと思う。

 最初に作品のテーマを設定すると、どうしてもテーマ(主題)の枠のなかでの(こぢんまりとした)発想(アイデア)になってしまう気がする。このようなところからは、こころがつよくひきつけられる魅力的なイメージは生まれにくいのではないだろうか。

 前もって準備されたテーマや意図に限定されない発想=イメージだからこそ、それは自在に展開されてゆく多様な可能性となって、単純に言葉で語ることの出来ない奥行き~深みを持ったテーマ(主題)へと作家を導くのだと思う(皆さんはどのように思われますか?)。

「周辺飛行10(鞄)」のオチ 『鞄』のオチ その後の戯曲への展開

 短いお話では、結末(オチ)が大切になってくる(ここがいまひとつだと作品全体がしまりのない、散漫な印象になってしまう)。

 「周辺飛行10(鞄)」では、「自分が何処を歩いているのかも、よく分からなくなってしまっていた」という道に迷ってしまった状況に、「鞄が私を導いてくれている」という視点を導入することで「道に迷う心配はせずにすむ」という、道に迷っているのに迷っていないという奇妙な状況がオチとして採用された。

 (これは主従関係の交代による面白さになるだろうか。主=「私」、従=鞄の関係では、「私」は道に迷ってしまっている。でもそれを主=鞄、従=「私」とすることで、道に迷っていない状態へと反転させている)

 このオチには、奇妙な状況をつくり出すことを得意とした安部公房らしい面白さがある。でも、安部公房はこのオチには満足しなかった(と思われる)。「周辺飛行10(鞄)」が『鞄』として『笑う月』におさめられたとき、そこにあらたなオチとして「私は嫌になるほど自由だった」が書き加えられた。

 「私」と不思議な鞄の奇妙な関係が「迷う-迷わない」の反転だけでなく、「不自由-自由」の反転へと展開された(安部公房の作品に対する執拗な改稿=探求と閃き=発想の跳躍力を賞賛しよう!)。

 この独創的で印象的なオチ=自由に、安部公房はどのようなイメージを見ていたのだろう。安部公房に直接訊いてみることは出来ないのだから、確かなことは分からない。でも『鞄』のその後の展開、戯曲『イメージの展覧会』『仔象は死んだ イメージの展覧会III』を読んでみると、おぼろげながら見えてくるものもある(戯曲では、鞄の中身もあかされます…)。

 次回は戯曲に組み込まれた鞄について語ろう。

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