鞠十月堂

詩と文学と日記のブログ

安部公房 「密会」《6》 創作の過程

 安部公房『密会』《5》からのつづき(1回目と目次はこちら、登場人物は《2》に、あらすじは《3》に書いてあります)。

 『密会』がどのような過程を経て完成されたのか見てみよう。

最初のきっかけは新聞記事 (1973~74年頃?)

 『密会』のいちばんはじめのきっかけ(着想)は、インタビュー「構造主義的な思考形式」によると新聞記事にあったらしい。

 一見、全然関係ないんだけど、中学校かの先生が中学生の子どもと関係が出来ちゃって自殺したのがいたでしょう。その記事見たときに、まあ新聞記事というのはたいてい悪い先生と出ちゃうけれども、どうも簡単に悪い先生じゃない。ちょっと痛々しいものを感じたんだね。

 安部公房の話では、それが『密会』とどのような関係があるのか自分でもよく分からないけれども、ノートをみるとそれが最初のきっかけになっているみたいだという(新聞記事の先生と生徒の関係から、「ぼく」と溶骨症の少女との関係を連想することも可能かもしれない)。

 「ちょっと痛々しいものを感じた」は、作家らしい感性かなあという気がする。出来事の詳細がよく分からないのであれだけれども、先生と生徒の関係が社会的な視点からみて不適切ということだけで割り切れてしまえば、文学もまた必要なくなるだろう(そうでしょ)。

もうひとつの『密会』 (1974年4月)

 安部公房は書き下ろしの長編小説を発表する前にそれに関係した短編小説を発表することがよくある(詳細はこちらの記事を参照)。『密会』の場合も『笑う月』(新潮文庫)に同名のタイトルの作品がおさめられている(初出誌『波』に「周辺飛行」のシリーズとして発表されたときのタイトルは「次の小説のためのノートより」となっている)。

 文庫本で9ページほどの短いお話は「それは完全に夢なんだよね」ということで、安部公房の見た夢の記述ということらしい。

 お話のおもな登場人物は中年の医者(軟骨外科の医局長)、患者(今日退院予定の若い娘、軟骨の三分の一がプラスチックと特殊金属で補填されている)、女医(たぶん美人)の3名、舞台は横浜、時刻はお昼休みの頃。

 病院を出て横浜の街を歩く医者と患者。医者は「早いとこ適当な場所を見つけて、患者を満足させてやらなければならない」と焦っていた。というのも、彼は同僚の女医ともお昼休みに会う約束をしていたのだった。

 やがて古びたホテルの前に出るふたり。そこは女医と打ち合わせておいた密会の場所だった。ふたりがホテルに入ってゆくと、右手のレストランには女医を含む医局のメンバー全員の姿が…… (夢ってそんなもの…)

 「このホテル、通り抜けに使うと、すごく近道ができるんだ」と、よく分からない言い訳をしつつ医者は娘(患者)の肩を押してホテルの裏口から外に出る。やがて駅前広場までゆくと、どこからともなく激しい銃声が聞こえてきた。巨大な戦車が砲弾を撃ちつづけている。

 不思議なことに医者はこの事件(戦争?)に関する翌日の新聞記事の内容をはっきり思い浮かべることが出来た。ふたりは線路を横切り市の中心部にむかう…… (お話の紹介はこれくらいにしておこう、つづきは『笑う月』でお楽しみ下さい…)。

 長編『密会』とはずいぶんとテイストの違うお話ではあるけれど、患者を病院から連れ出すという行為は共通している。また「軟骨外科」や「翌日の新聞記事(明日の新聞)」といった長編『密会』でも印象に残るイメージがすでに登場していることには注目しておきたいと思う。

 (それにしても「軟骨外科」なんて、いかにも夢ならではのイメージではないだろうか。考えて思いつくようなものではないという気がする)

弱者への愛と殺意 「公然の秘密」 (1975年1月)

 『密会』のエピグラム「弱者への愛には、いつも殺意がこめられている」は『笑う月』の「公然の秘密」に最初のイメージが出てくる。こちらの方も安部公房が見た夢ということで、初出誌『波』に掲載されたときには「『緑色のストッキング』最終日の夜の夢である」との付記がある。

 半ば埋め立てられた掘割の底に飢えた仔象がいた。誰もがその存在に気がついていたけれど、誰もが見て見ぬふりをしていた。仔象はやがて掘り割りの汚水のなかで枯れ木のように朽ちてしまうのだろうか……

 そう思われていたとき予期しないことが起こった。仔象が掘り割りの斜面を登りはじめた。人々のあいだに戸惑いがひろがる。「あそこに象がいることは、いわば公然の秘密でしたね。しかし、いないも同然だと信じていたからこそ、許せもしたんだ」仔象は食べ物を求めて街を歩きはじめる。

 このお話の結末は『波』(1975.1.1)に発表されたものと『笑う月』(1975.11.25)におさめられたものとではいくらかの違いがある。読まれる機会があまりないと思われる『波』の方の文章を引用しよう。

 仔象は哀れなほど無邪気に食べつづけ、ぼくらの間には、しだいに殺気がみなぎりはじめていた。それはそうだろう、弱者への愛には、いつだって殺意がこめられているにきまっている。誰だって、それほどの無邪気さを許したりなんか出来っこない。

 『波』の方では、仔象の無邪気さが群衆の殺意を誘発しているような印象となっているのに対して、『笑う月』の方では「誰だって、それほどの無邪気さ~」が省略され、「弱者への愛には、いつだって殺意がこめられている」とシンプルに言い切るかたちになっている(改稿後の方が弱者と愛と殺意の関係をより普遍的なものとして語っているように思われる)。

 安部公房によると「公然の秘密」というタイトルは夢のなかで準備されていたものだという(安部公房は夢を見ているときも作家だった)。では「弱者への愛には~」はどうだったのだろう。これも夢に出てきた言葉なのだろうか。それについてはなにも語られていない(これは創作の段階で、夢のイメージに触発されて即興的に生まれてきた言葉かなあという気がしているのだけれど… ちがうかな?)。

次は巨大病院を小説にします (1975年12月)

 インタビュー「安部公房は語る」では、今後の執筆活動について次のように語っている。

 母親が病気の娘を病院に連れていくのですが、病院が大きすぎてどの科に連れていってよいかのか分からない。すべてが病院の中で完結していて、すべての人が患者なのです。癌の専門医は心臓専門医の患者で、心臓専門医は眼科医にかかっている。皆どこかしら悪くて永遠に病院を出ることが出来ない、患者たちは何世代にもわたってこの病院に居続けている、そういう話です。

 面白い! 病院都市の誕生…… 母親に連れられて病院を訪れた「病気の娘」とは「溶骨症の娘」のことだろうか? じりじりと長編『密会』の世界に近づいてきた(ような気がする)。

 次回はさらに創作の過程を見てゆこう。

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