鞠十月堂

詩と文学と日記のブログ

安部公房 「密会」《10》 作家の仕事部屋

 安部公房『密会』《9》からのつづき(1回目と目次はこちら、登場人物は《2》に、あらすじは《3》に書いてあります)。

 これまでのところ『密会』のシリーズは、安部公房の言葉(エッセイやインタビュー)に寄り添うかたちで、あれこれと語ってきた。11回目以降は、じりじりとわたしの読み方を語ってゆく予定にしている。今回の記事はそちらへの伏線もかねつつ、『密会』執筆時の安部公房の仕事部屋(若葉町の書斎)をちょっと覗いてみよう。

原稿用紙の小山

 『安部公房全集〈30〉』付録のCD-ROMには「新潮社 テレホン・サービス 作家自作を語る」がおさめられている。安部公房の肉声で『密会』の紹介を聞くことが出来る。

 その冒頭部分を引用しよう。『安部公房全集〈26〉』から「自作を語る ──『密会』」を引用してもよいのだけれど、話し言葉から書き言葉に整えられた文章だと、いまひとつ肉声の感じが弱い。ということで、わたしが聞きとったそのままを文章にしてみた。

 書いている足元に、今度はねぇ…… えぇ~、う~ん、一体どれくらい書きくずしするか、試しに、そぉ燃やさないで足元にポンポン放っていったらねぇ、そうねぇ、高さ1メートルくらいのねぇ、小山になってしまったなあ。

 なんかいいですねぇ~ 安部公房の肉声の雰囲気、伝わりました? 談話「裏からみたユートピア」では、書きくずした原稿用紙について、次のように語られている。

 最初冗談のつもりで、小説の書きくずし原稿を燃やさないで、どのくらい溜まるものかと、机の向こう側に捨ててみたんだ。それがね、積み重なって、とうとう高さ一米位の小山になったんだ。編集者が珍しがって記念撮影しておけと言うんだよ。

 それにしても、執筆の過程で書きくずした原稿が高さ1メートルくらい小山になるなんてちょっとすごい! 「編集者が珍しがって記念撮影~」というところが気になりますね……

仕事部屋 1973年頃

 『安部公房全集〈30〉』付録のCD-ROMでは、その頃の仕事部屋(若葉町の書斎)を見ることが出来る。

安部公房 若葉町の書斎

 こちらの写真は1973年頃、安部公房によって撮影されたもの(第24巻の函裏写真、CD-ROMの画像から正方形にトリミング)。写真の深い被写界深度と粗い粒子の雰囲気から、広角レンズ+高感度フィルムの組み合わせで撮影されたものだろうか。

 安部公房の仕事部屋は原稿用紙が散らかっているというより、堆積しているというか…… (林忠彦撮影、2年ほど掃除をしていない坂口安吾の書斎もなかなかものだけれど、安部公房も負けていない…)

 奥の机(と思われる)は原稿用紙と資料(?)に埋もれて使えそうにない。では、安部公房はどこで執筆しているのだろう? 椅子の隣のミニテーブル? ここで原稿を書けないこともないだろうけど…… メインの机の上に置いてある薄い木の板(写生のときに使う画板のような板)に注目してほしい。その薄い板をどうするかというと……

仕事部屋 『密会』執筆の頃

 薄い板の使い方は、こんなふう。

安部公房 執筆風景

 こちらの写真は『密会』を執筆中のもの(撮影は新潮社の編集部によるものと思われますが詳細は不明、CD-ROMのカラー画像を1枚目の写真の雰囲気とあわせるためにモノクロに変換後、正方形にトリミング)。

 なるほど…… こうして薄い木の板を腿の上にのせて机がわりにすれば、部屋がどれほど散らかっていようと原稿を書くスペースは必ず確保できますね(安部公房はかなり以前からこのスタイルで執筆しているらしい… 『新潮日本文学アルバム 安部公房』では1962年に撮影された写真に同様の執筆スタイルを見ることが出来る)。

 『密会』を執筆中の写真ということで、1メートルに積み上がった原稿用紙の小山が気になるところですが…… 残念なことに、この写真からはよく分からない。写真右端に見えている積みかさなった原稿用紙らしきものが、あるいはその小山の裾にあたるところだろうか…… (もしその写真があるのならぜひ見てみたい!)

 (こまかいことになるけれど、写真左の丸テーブルの上に置かれている湯飲のようなふたつの器が、2枚の写真でほぼ同じ位置にあるのが興味深い… いっけん乱雑な印象の部屋ではあるれれど、そこには安部公房にしか分からない秩序があるのかもしれない)

作家の仕事部屋 創作の孤独

 この2枚の写真では、安部公房自身が撮影した1枚目の写真にこころひかれるものがある。これほどの散らかりようだと、作家本人以外がこの部屋に立ち入ることは、むつかしいという気がする。積みかさなり散乱した原稿は他者の侵入を拒んでいるかのようでもある…… 創作って孤独な作業なんだなあと、あらためて思った(胸がしめつけられるように痛くなる、この感覚はなんだろう)。

 (わたしは、この仕事部屋のイメージを『密会』の結末のイメージに結びつけたいと考えている…)

 次回はこの作品のタイトルについて語ろう。

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