安部公房 「箱男」《22》 まとめと解説
安部公房『箱男』《21》からのつづき(1回目と目次はこちら、登場人物とあらすじは《2》に書いてあります)。
『箱男』の謎解きについて、ひととおりまとめておこう。
(検索などから直接こちらに来られた方へ:お時間のある方は《1》から順に読まれると謎解きを楽しめる構成になっています)
まとめと解説
『箱男』は、いくつもの断片的な章から出来ている。それらは「バラバラに記憶したものを勝手に、何度でも積みかえてもらうように工夫してみたんですよ」と、安部公房が語っているように、そこから物語を導く作業は読者にゆだねられている(詳細は《7》《21》を参照)。
『箱男』の謎については、軍医殿が箱男かどうかを見極めるのがポイントのように思う。わたしの読み方では、軍医殿は箱男ではなかったという結論になった(検証は《8》~《12》を参照、読者のミスリードを誘う「Cの場合」のノートのくだりは《9》を参照)。
軍医殿が箱男でなかったということは、その死体に箱をかぶせようとした贋医者の行為は死体遺棄のための偽装工作ということになる(贋医者による元カメラマンの箱男「ぼく」の狙撃は偽装のための箱の入手が目的だった)。でも、贋医者が箱男になることで、軍医殿を箱男に見せかけての死体遺棄は実行されなかったと思われる(詳細は《2》のあらすじや《12》を参照)。
「ここに再び そして最後の挿入文」で語られているノートの真の筆者については、贋医者が元カメラマンの箱男「ぼく」を殺害し、その「ぼく」になりすましてノートを書いた可能性が考えられる(作品内で直接言及されている「なりすまし」については《18》を参照)(わたしの仮説「裏コードとでも呼ぶべき読み方」は《13》~《19》を参照)。
(『波』に発表された「箱男 予告編」では、箱男を殺害した犯人がその箱をかぶり、箱男になりすまして逃亡するという「完全犯罪」のモチーフが描かれている。詳細は《15》を参照)
『箱男』の物語は、犯罪のトリックに箱男の箱を利用しようとした贋医者が、その箱に魅入られ、自らも箱男になってゆく物語としても読むことが出来るだろう……
『箱男』の構成は、箱男「ぼく」のパートをA、贋医者・軍医殿のパートをBとすると、A-B-A’となっている(詳細は《16》を参照)。ただしAとA’の「ぼく」は同一ではない(詳細は《20》を参照)。
A――元カメラマンの箱男「ぼく」のパート(箱男が実際に体験したことの記録)。
B――贋医者、軍医殿のパート。
A’――キャラ(登場人物)としての箱男「ぼく」のパート(箱男のキャラを主人公にした物語)。
《20》で使った図をこちらにも貼っておきますね。
この図から分かるように赤のライン「現在~過去の記録」は、作品内で途切れている。それにかわって青のライン「空想された未来」がA’パートに引きつがれる。赤のラインの消失は、Aパートのどこかの時点で、元カメラマンの箱男「ぼく」が殺害されたことを意味するのだろうか?
探偵小説の視点で『箱男』を読むと(推理すると)、贋医者による元カメラマンの箱男「ぼく」と軍医殿の殺害が見えてくる。でも、その犯罪の成立(記述)はあからさまなものではなく、贋医者がそれらの罪を告白することもない(贋医者は、箱男の箱とノートの記述をトリックに使って完全犯罪を目論んでいたのだろう…)。
『箱男』には、さまざまなトリックが仕掛けられている。でもそれは完成されたものとは言い難いところがある。『箱男』は探偵小説の構造(要素)を持ちながら、解答可能な探偵小説ではなく、解答不可能な物語(ナンセンスな物語)としてデザインされている(詳細は《13》《14》《18》を参照)。
謎解きについて、簡単にまとめるとこんな感じだろうか(詳細は各記事を参照して下さい)。
『箱男』シリーズを書き終えて
『箱男』のシリーズは、はじめ全10回くらいを考えていた。でも実際に書きはじめてみると、盛り込みたい内容が徐々に増えていって全22回の長いシリーズになった。記事を書く過程でいくつかの新しい発見があったことは、わたしにとってうれしい収穫だった。
(文章を書くことは、曖昧な輪郭をくっきりとした一本の線として描きだす作業に似ているかもしれない。明瞭に描かれた線は、それまで見えなかったものをわたしに教えてくれる)
安部公房はインタビュー「方舟は発進せず」で、小説を地図に例えて次のように語っている。
[地図は]目的に応じて読み方が変わってくる。それが本当の、有効な地図ですよ。いちばんよいのが航空写真。無限の情報が含まれている。そういう無限性がないとぼくは作品といえないと思う。あらゆるものは無限の情報を持ってますよ。
※ [ ]は、わたしの補足です。
小説のページには終わりがあるけれど、小説を読む行為には終わりがない。いつかまた、このシリーズとは異なる視点から『箱男』について語ってみたいと思う。
それでは皆さん、ごきげんよう。
「箱男」《番外編》
ご案内